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「あげる」言葉を撲滅しよう!コミュの韓国語母語者による『あげる』

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はじめまして。
コミュのタイトルを見てお邪魔しました。

確かに何でもかんでも『あげる』と言うのはヘンですね。

僕は『あげる』のどこか恩着せがましい語感が好きでありません。
さて、僕は一応大阪弁と共通語と韓国(ソウル)語のトリリンガルですが、韓国語を母語とする人が日本語を話す場合に、相手さんに何かをしてやろうとするとき『あげる』を使うために、相手に恩着せがましさを感じさせてしまう問題点があります。

韓国語に『させていただく』に当たる、話者を一段下げるかたちの謙譲語がないからと言うのはわかるのですが、観光産業などに従事する様ないわば日本語での接客のプロが『案内してあげます』のような物言いをするのは、要らぬ誤解を自ら招いているように思えてなりません。

また、韓国の日本語教育にも原因があるとも言います。
韓国語にも『差し上げる』に当たる言い方はありますが、その言い方に対して『あげる』と言う日本語を教えて来ていたわけです。
『差し上げる』と『あげる』では敬意の度合いがかなり違うわけで、しかも日本語を母語とする者にとっては恩着せがましさを感じさせてしまいます。(『差し上げる』でも多少恩着せがましさは残るが、敬意の度合いが高い分『あげる』よりまし)

皆様はいかがお感じでしょうか。

コメント(11)

むかし、うちで働いていた英語を母国語とする人たちが、まず日本で覚えるのが「やっぱり」なんです。なにがやっぱりやねん?とよくつっこんでましたが、習う方からすると多くの日本人が頻繁に使うことばから使ってみようとするので、これはいたしかたないかなとか思いました。日本人が英語を習いはじめて、やたらと you know (「だよね」とか「えーと」ぐらいのニュアンスなのかな?)を真似するのと同じです。

自然に学ぶ方はまだいたしかたないとして、言語教育で定式的に教えられるようになるとだれしもそれがへんな用法だとは思わない。

ばんさんの書き込みを読みながらそんなことを感じました。
「あげる」は本当に静かに、しかし着実に蔓延していっているようです。
このコミュニティの主旨は「〜やる」と言うべきところを、「あげる」と言うことについて突っ込むことですよね?

「目前のひとに[〜してあげる]と言うのは無礼だ」と言うのは主旨とずれてます。
はじめまして。

確かになんでも「(して)やる」を「あげる」と置き換えることによる誤用とはケースは異なるとは思いますが、同じ「あげる」という語の誤用がもたらす問題点として、突っ込む(?)ことの出来る問題ではないかとは思うのですが、ダメでしょうか?
お客に対して言うのなら

 「ご案内します」
 「ご案内させていただきます」

でしょうね。

 「案内してやる」 
 −−−−これはダメでしょう。普通は怒り出します。

 「案内してあげます」 
 −−−日本語を母国語にしていない人だとわかっていれば
      「まあ、いいか」ぐらいで済みそうです。
このコミュニティの趣旨は、「あげる」という言葉の蔓延の背景を探ることですので、これまでの書き込みをずっと読んでいただくと、多様な議論が出ていることがおわかりになるかと思います。

「あげる」が本来ならば謙譲の意味を持っていたのに、犬やネコなどの動物、昆虫にまで餌をあげるなどというような用法が普通になっていったり、「あげる」に逆に恩ぎせがましさのニュアンスがかぶっていったりした、時代的な変遷があります。とりわけ、昨今は無生物に対してまであげるが使われだして、誤用というより迷用とも言うべき状況が来ています。この違和感を起点にして、この用語の本質を考えていきたいと思っています。
ばんさん
>「(して)やる」を「あげる」と置き換えることによる誤用とはケースは異なるとは思いますが

申し訳ございません。ご理解なさっているのですね。
出しゃばりすぎました。

>韓国語にも『差し上げる』に当たる言い方はありますが、その言い方に対して『あげる』と言う日本語を教えて来ていたわけです。

そういう問題があるのですね。
日本語の敬語のような文法は他国の人が使うのは難しいと思いますが、教育の場では正しく教えてほしいものです。
こんにちは。

>>「あげる」が本来ならば謙譲の意味を持っていたのに、

これこそ、韓国での「あげる」問題の原点ではないかと思っております。

あくまで僕の仮説ですが、少なくとも韓国の日本統治時代においては、しろくま様がおっしゃるとおりに「あげる」が謙譲の意味を以って用いられていたのだと思います。
その後日本国内で「あげる」が恰かも「やる」の美化語のように変化してくることにより、恩着せのニュアンスが加味されてきたにもかかわらず、韓国の日本語教育界ではその変化に気づかないまま、半世紀以上が経ったのではないでしょうか。

ホテルやガイド等といった観光産業や或いは貿易会社など、日本人と接する現場で、「あげる」言葉で齟齬が発生しているであろうにもかかわらず、「あげる」言葉が蔓延しているのは、どうしてなのでしょう。

長年、教科書や辞書で「주다」(やる)の謙譲語にあたる「드리다」ということばに「あげる」の訳を宛てていたからだというのですが、韓国社会が伝統的に先生のおっしゃることにはそうそう逆らえない文化風土であり、現場では違う、ということが教育界に中々フィードバックされにくかったのか、或いは言われる側の日本人も面と向かって違いなり不満を口にしようとせず、腹に溜めておく文化風土で育っていることも関係しているのでしょうか…。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=1316969&comm_id=219001 でも言葉の用法(ニュアンス)上の急激な変化・転換について引用した下りがあります。

謙譲語が単なる丁寧語として扱われて、さらになんでもかんでも丁寧に言えばいいと思っているバカな人たちに使われ、みんなが言ってりゃそれが正しいと思う無批判な層によって広められる構図があるんだと思います。ああ、なんとイノセントなピープルだ。(おっと、ルー大柴口調になっちゃったよ)

それにしても丁寧な表現を重ねたつもりが、逆に一部で恩ぎせのニュアンスを被ってきたというのは、調味料を入れすぎると料理がエグくなるのと似てますね。
おっしゃるように、元の意味を考えずに使うことによる誤用から、用法の変化は起こっていくのでしょうね。

また、「あげる」が恩着せのニュアンスを帯びてきたのも、「美化語」として、自らが他者に「やる」という行為を美化するために用いられるケースが増えてきたからではないかな、と思います。
一方、謙譲の意味での「あげる」は「さしあげる」がとって代わっている様にも思います。
ただ、物質などのやりとりの「あげる」ではなく、誰かのために行為をすることについての「あげる」の場合、「さしあげる」でもいささか恩着せがましさ、慇懃無礼さを感じさせるニュアンスが残るようにも思います。これは「させていただく」という行為者を一段落とす謙譲語が健在だからかも知れませんが。

「ものをあげる(give)」という場合と「○○してあげる」の場合では用法が違うわけですが、動詞としてのツール(ニュアンス)は同じということで、ちょっと書いてみます。

 「課長にお茶をあげる」は失礼と感じられるかどうかというアンケートがありました。本来ならこれは丁寧な表現で、「仏様にお茶をあげる=(お供えする)」に近いものだと思われます。・・・が、多くの人が、これは失礼だというのですね。

 犬やネコに「えさをやる」を丁寧にして「えさをあげる」にしてしまったために、あげるの対象が動物でもいいことになってしまった。となると課長も同列か?という意識が出てきたのではないか・・・と想像されます。また「お茶をいれてあげる」にしても丁寧さに、うっすらと恩ぎせがましさが香ってきたりもする。だからより丁寧に「入れてさしあげる」にすることによってそのあたりの匂いをかきけそうとするけれど、文脈によってはその恩ぎせがましさがなお追いかけてきたりもする。

 まま、そんなところで、どこまで行っても・・・って感じがしないでもない。言葉ってそんなものかもしれないですね。「便所」っていうとちょっと不潔な響きがあるからといって「お便所」にした。外来語の方が匂わなさそうなので「トイレ」にした。でもどうしても臭いニュアンスがおっかけてくるので「おトイレ」にした。
これは外国語でも同じなのだろうね。で最終的にはRestroomで落ち着いたのかな?日本語ではお手洗いがまずまずの帰着点。(?)

話が拡散しそうなので、このあたりでとどめておきたいと思います。
ありがとうございます。
確かにこれ以上話を広げると、敬語法のゆれ、乱れの話まで話を広げないといけなくなるでしょうね。

本題的には、外国語として学んだ「あげる」により韓国の方が日本人ネイティブから不要な誤解を受けるという現状であり、それは日本におけるここ数十年の「あげる」の誤用から来る意味の変化によるものだとということなのでしょうね。

まだそれ以外にも、韓国の方によく見られがちな接客(もてなし)のあり方として、もてなされる側の意向よりももてなす側の意思が優先されがちなところ、もてなす側が、もてなされる側へのアピールとして「今日は○○さん(ゲスト)が来られるというので□□を特別に用意しました」的な言動をすることなど、日本の文化から考えるといささかぎょっとさせられる(つまりは文化摩擦をもたらす)面はいくつもあります。
勿論これは多くの場合、客人に対し最善のものを提供しよう、客人に対し特別扱いをしていることを分かっていただこう、というあくまでも善意から出ている部分なのですが、そのチョイスが客人の嗜好と違っている場合も少なからずあるわけで…それはさておき、そんな場面でわざわざ「あげる」を用いることで誤解され、損をしている韓国の方を見かけたり、またそういう話も時々耳にしてきました。それも全く別のところで…。

これは何かあるぞ、と思いつつ、ずっと考えてきたのですが…。
これでちょっとすっきりしたように感じます。

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