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日本史・戦国・幕末歴史好きコミュのラストサムライについて

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現在、大河ドラマで「西郷どん」をテレビでやっておりますが、西郷隆盛こそラストサムライだと思っていましたが、司馬遼太郎の「峠」を昔読みましたが、河井継之助こそラストサムライだと「峠」には確か書いていたような気がします。
西郷隆盛と河井継之助どちらがラストサムライだと思いますか?
他の人物でもいいのでこの人こそラストサムライと思う人がいたら教えて下さい。
よろしくお願いします。

コメント(43)

>>[3]

ありがとうございましたexclamation
司馬遼太郎の「燃えよ剣」は確か土方歳三が主役ですが、トピ主はかなり昔に読みましたが内容を忘れてしまいました。
もう一度、読みなおそうと思います。
川路 聖謨じゃないですかね?幕臣として長きにわたり幕末期の困難な外交の舵取りを一手に引き受けたタフネゴシエーターで江戸開城の報を受け新政府軍の江戸総攻撃予定日に拳銃自決。

よく土方歳三をあげられる方は多いし結果として函館まで行ってるんで間違えではないのかもしれませんが、近藤が投降して斬首されてるの見てるし、どうも意地とか義理で徹底抗戦したっつーよりは自分はA級戦犯で絶対に斬首されるという自覚があって、生きるためには徹底抗戦せざるを得な買ったというのがあって、その結果が函館での戦死だと思うんですよね。だから『義理とか大義、筋論に殉じて生きて死ぬ』みたいなのを一応のサムライと定義するならどうも違うな、と。
>>[5]

そんな方がいらしゃったのですか
まったく無知なので知りませんでした。
さっそくネットで調べてみます。
ありがとうございました。わーい(嬉しい顔)
>>[6] 蛇足ですが私はどっちかというと佐幕側の人に好みの人が多いのですが川路聖謨、岩瀬忠震と言った幕末期の外交の最前線に立って列強としのぎを削っていた幕府外務官僚はもう少し評価やスポットを当ててもいいんじゃないかと思っています。西郷はじめとする維新の三傑、龍馬、新撰組その他ビッグネームに隠れがちですが、実際阿片戦争のような決定的破綻や内政干渉を防ぎ明治維新を迎えられたことは彼らの力が非常に大きいわけで、実際攘夷派には弱腰と叩かれやれ攘夷だ外国人暗殺だ、生麦事件だ馬関戦争だと景気良く薩長その他が暴発した事後処理は結局彼らがやってどうにが処理してたわけで。やれ弱腰だなんだと突き上げくらいつつ(突き上げてくるようなバカが起こした案件を)諸外国に頭下げて少しでもより良い条件を引き出して破綻を防ぐというある種政権担当能力のある与党のサンドバッグ状態で仕事するというなんか非常に私の好みですね。わかる人はわかるというかw
>>[7]

薩摩、長州は確かに幕府をこまらせることばかりして、そのたびに
幕府は薩摩、長州の尻拭いばかりしていたと思います。
幕府側のそのご両人がいなければ
明治維新の前に西洋人たちに餌食になっていたと思います。
歴史は勝利者の都合のよいように造られてしまいますが、最近は 「反薩摩、長州史観」の本が増えているので、日の目をみる日がくると思います。
もう、すでに日の目をみているのでしょうか?
>>[8] 確かに薩長礼賛の反動で佐幕を持ち上げるってのはあるかもしれないですがこれって要は政治で言うところの左持ち上げたあと右が来るみたいなもんで、どうも私的にはどうかという気がしますね。少なくとも私の評価できるツボじゃない。

例えば私が幕末期で高評価を与える二人を仮に例に取るとしましょう。一人は鍋島閑叟で、この人はかなり過酷な受験勉強みたいなのを藩士に課したりある意味藩を完全に統制して佐賀藩を一大洋式藩に作り上げた人ですが、スタンスとしては『佐幕、尊王攘夷とギャーギャー議論して京都で政争に明け暮れた所でなんの意味もない。議論したところで黒船に勝てるわけない。そんなことしてる暇があったらその時間と労力を科学振興と西洋文化を学んで西洋に対抗できる財力、軍事力科学力身につけたほうが遥かに有益だ』ということで一切の政争に加わらずただひたすら佐賀藩の底力をあげた人ですね。最近の研究だと以前言われているアームストロング砲の製造まではいかなかったらしいですが(以前の通説だと国産アームストロング砲の製造に成功していたと言われてた)国産の大砲小銃軍艦製造や軍艦の修理ドック(たしか洋式軍艦を整備できるドックって東洋でここだけ、後期にひょっとしたら石川島もできたかもしれない)とか作ってますしね。ガトリング砲だなんだと長岡藩も有名ですがあそこや大部分の藩は武器買って持ってても修理製造はできないですから。出来たのは佐賀藩だけでしょう。あと集成館で薩摩は若干できるのか。

まぁ長くなりましたが天皇中心で行くのか幕府中心で行くのか開国か鎖国かとか議論と政争に明け暮れてどっちがいいか、どっちが好きかみたいな所で大抵の幕末期の床屋政談はあれこれ論じるわけですがそういうのはうもういいんじゃないか、というかより現実的に実務をになってそこを突き詰めてった人たちが評価されるべきなんじゃなかろうかというのが私にはあります。というか好みとして私は実務派好きなんだなぁw書いててわかりました。

で、もう一人は榎本武揚ですがこの人は割合好きな人や押す人も多いんですが私が押す理由は、別に函館まで戦ったとか蝦夷共和国(これは甲鉄艦目的の苦肉の策で別に民主国家つくろうという意識あったわけじゃない)作ったとかではないんですよね。

ただ、この人だけなんですよね、佐幕側で戊辰戦争においてなってからまともなビジョン(言ってみればついてきた人をどう食わそうか)があった人って。鳥羽伏見以降なし崩しに内乱になって、奥羽越列藩同盟だのなんだの出来て戦争しますが佐幕側の論理って幕府と会津がかわいそうだから味方しますってのがあるだけで、それ以上突っ込んだ論理が何もない。まだ薩長は天皇担いで中央集権国家作ろうって意思ありますが(民を食わそうって意識)佐幕側は恐ろしいほど何もないw仮に勝った後どうする気だったんでしょうね。あるのは情緒論だけ。で、そこで榎本武揚だけは屯田と開拓で食い扶持稼いで北海道で幕臣は食ってきます、っていうまぁかなり甘いにしてもその他の佐幕派にはない『これから』を一応示せてるんですよね。これは何も示せない(そういう発想すらない)佐幕派の人達に比べれば突出してるでしょう。

本当に長くなりましたが尊皇佐幕、義か利かみたいな善悪二元論的なくくりではなく、もう少し多様な所から人物評価ってのがそろそろ出てきてもいいんじゃないかって気がしますね。
>>[9]

ありがとうございました。
トピ主は人外さんの博学のすごさにコメントができません。

人外さんの幕末関係でオススメの本があったら教えて下さい。

できれば簡単な本がいいです。
よろしくお願いします。

トピ主は、「ラストサムライ」って映画のことを言ってますか?
それとも「武士道を持つ最後の人物」を聞いていますか?
>>[11]

「ラストサムライ」=「武士道を持つ最後の人物」にはならないのでしょうか?

それとも
「ラストサムライ」→某
「武士道を持つ最後の人物」→某
と分けて考えた方がよいのでしょうか?

自分はイコールで考えていました。
>>[12]

であれば、イコールで良いかと思いますが、
そもそも言葉の定義が曖昧なので結論は出なさそうな議論という印象です。

映画「ラストサムライ」のモデルは誰か、であれば数名に絞られると思いましたが、明治維新後の新政府の中にも、日本刀や丁髷を形式上は捨てても「武士道を持つ人物」は無数にいたと思っております。
>>[13]

確かに結論はでないと思いますが、歴史好きの人それぞれの自分の思っている「ラストサムライ」を知りたいと思ってトピックをたてました。
人外さんの「川路 聖謨」はまったく知らない人物でしたが、答えは一つではなくいろいろあっていいと思います。
それぞれ思っている「ラストサムライ」を教えて下さい。わーい(嬉しい顔)
そういう解釈で良ければ乃木希典なんかもラストサムライと呼んで良いかもしれません。
大きな解釈からしたら
秋山真之なども?
精神論者で 
腹膜炎なども?手術しないで
気力で治そうとして亡くなりました。
もしもですが?
山本五十六と同じでアメリカの力を良く知っていたので、日米開戦などの流れもかわっていたのかも?

広瀬武夫などもそうですかね。騎士道・武士道を重んじ、自らに厳しく他者には博愛で、敵を尊重しかつ勇敢な日本男児でした。
そういう解釈でいいなら私は牛島辰熊を推します。

戦前最強の柔道家であり、史上最強の柔道家と言われる木村政彦の師匠。

それだけでなく、「力と身体を伸ばし切っての攻撃は必ず敗れる」という自信の武道理論から、ガタルカナルの敗戦を聞き国力以上に手を広げ過ぎた軍部への危機感を抱き、東條英機暗殺計画を企てた男です。

戦後GHQの武道禁止令の中、スポーツ化する柔道に危機感を感じ、武道としての柔道の存続を目指して「プロ柔道」の旗揚げもしています。
時代の渦の中で、武道精神を守った男だと思います。
>>[8]

尻拭いじゃないと思うよ。4か国戦争に乗じて10万余の大軍で攻め寄せていったし。
禁門では上手く薩摩を丸め込んで会薩同盟軍結成してるし。

その蛤御門で散った、来島又兵衛もラストサムライ候補の一人と考えてもいいな。

佐川官兵衛も候補だな

異色なところでは、江藤新平。
本来なら日本の初代総理でもおかしくない人物。
ラストサムライであり、ファーストプレジデントとでもいっていい存在。
西郷や土方と違って、新時代に輝くタイプだけど。
もっとも土方も陸軍士官でも全然おかしくないけど。
皆様すごい博学ですね。
とても勉強になります。
ありがとうございます。m(__)m
引き続き、この人こそ「ラストサムライ」だと思う人がいたらよろしくお願いたします。
現在にも、この人は「サムライ」だと思う人がいたら「ラストサムライ」と言う言葉じたいが間違いですよね?
日本のプロ野球では「小笠原道大」はよくサムライと呼ばれていましたよね?
それと名前だけしか知りませんが「大空のサムライ」坂井三郎も やっぱり「サムライ」なのでしょうか?
今も「サムライ」がいれば「ラストサムライ」じたいがおかしいとトピ主は考え、結論に達しました。
「ラストサムライ」よりこの人は「サムライ」と思う人を教えて下さい。
最初のトピと主旨が変わってしまいすいませんでした。m(__)m
>>[21]

プロ野球選手は、晩年になればみんな衰えてしまうので、いくら「サムライ」といえど落ち武者になってしまうのではないでしょうか?
自分は小笠原道大のフルスイングは好きでした。
巨人は外様には厳しいですね。
普代の高橋由伸はすぐ監督になったのに…
>>[23]

自分が阿部正弘に例えられるとは光栄です。中国大会3位の男さん は、歴史人物に例えると誰ですか?
尼子経久ですか?
>>[7]

幕末の日米交渉は面白いですね。
琉球からの情報ですでにアメリカがアジア進出の足掛かりを日本本土に求めてくるのは事前に承知の上、和親条約から通商条約まで結ぶ目的だったのを川路達は百も承知の上でしらばっくれて分からない、調べてみる、自分では回答できないで時間稼ぎしながら譲歩を引き出したり。


オランダ、イギリス、フランスなどの思惑含みの情報提供にもその思惑まで見抜いた上で対応したり、
川路らの頭の回転の速さ、情報収集からの状況判断、官吏として条約を文章にする際の逃げ道の作り方恐るべしです。

こよ日米交渉史を大河にしても良いと思うぐらいです。

あとトピックの趣旨が武士道的な発想とスポーツマンシップの混同があるような気もするのでスポーツ選手、指導者の名前が挙がってしまうのは仕方ないかなと思います。

じゃあ武士道ってのは何か?
と聞かれるとシンプルに回答するのは難しい。
江戸期の朱子学全盛の武士道とそれ以前の下克上を含む武士とは根本的に異なりますしね。
>>[27]
やっぱりあの時代である程度の地位にいてそれなりに頭の働く人達、知識人層というかエスタブリッシュメント層の共通認識というか常識としては開国不可避というのがまずあって、そこをハードランディングを避けていかにソフトランディングさせるかってのがあったと思うんですよね。それがぽんぽんさん言う所の引き伸ばしや譲歩を引き出すタフネゴシエーターッぷりなんかに表れてるわけで。
ちょっと前のコメントなんかと重複しちゃいますが、ラスト・サムライってのの定義を『私の美意識に図ってカッコよく見える人』と飛躍させて考えると感情論や精神論で攘夷振りかざして異人館焼き討ちしたり異国船打払いしたりする一見勇ましい『憂国の士』っつーか観念右翼よりそういうやつらの尻拭いや地道に交渉の最前線で泥かぶってた旧幕府の外務官僚系のほうがはるかに立派かつかっこいいし『サムライ』と呼ばれる資格があるな、という感想を持ちますね、個人的には。
>>[10]
返信前後しますが、正直言ってこれだ!という本が浮かばないんですよね。ただ正確な知識をというのであれば、講談社学芸文庫で自分が興味を持った人の評伝なんかをあたるのが取っ掛かりとしてはいいんじゃないでしょうか?
>>[28]
おっしゃる通りだと思います。
新しい情報や思想に触れた瞬間的な刺激で動く人と、これはどういうものか?と十分吟味してその上で何からなすべきか考える人。

年齢的なものや立場の違いも当然あるんでしょうが、幕閣以外の立場でも横井小楠や橋本左内などは鎖国体制の崩壊を想定した上でこれから富国強兵政策必要だぞとその仕組みをどう作るのか?誰が作るのか?っていうところまで考えている。

若い長州藩士は最初は刺激をまともに受け過ぎて攘夷断行に一気に動いたけど、幕府や薩摩と対立したり実際に海外の連合艦隊に砲撃受けたらこじゃどうにもならないと目が覚める。

目が覚めてからの彼らの狡猾さと慎重さは正に川路らが対米交渉をした時の姿勢と同じになっていくんですよね。
伊藤なんて30前にしてもう老成の感が出てきて(笑)

最初の攘夷断行の時の伊藤とその後、明治政府高官になって条約改正やら憲法制定をしていった時の伊藤のどちらがラストサムライというに相応しいか?となれば私は絶対に後者だと思います。
>>[30]
確かに。維新の三傑なんて言いますし第二世代は小粒だなんて言いますが伊藤、山縣に代表されるのちの元老達で特にこの二人は維新の三傑よりも実は人間、実績ともに上なんじゃないかと思う時はありますね。舵取りがみごとですよね、老獪で物事のさばき方なんて。

確かに初期の長州藩において藩論を決める時に一番現実的なのは遠洋航海策な気がするんですが、こういうのはかき消されて攘夷論が藩論として決まったりしますからやっぱり時流とか当時の雰囲気とかそういうのも大きいんでしょうね。極端かつわかりやすいものに流れやすいというか。
>>[31]

そうですね。
特に山縣は権力欲の塊というようなイメージを持ってしまいがちですが、内政面においても外交戦略においても鋭い観察眼を持っていてかなり反対意見の人とも話を繰り返すんですよね。
基本的に親ロシアの山縣がイギリス、アメリカという経済覇権を握る国との協調なしに日本は生き残っていけないという認識を示して西園寺、原敬らともう良いだろうと思うほど会談をしている。

その上で本当に必要な政策を決めて自分の考え好みとは違うけど相手の言う事の方がより国を良い方に持っていけそうだとなると任せて宮中や天皇をに対しても働きかけをしてやっている。

自分の考えをただ貫くんじゃなくて、目的を見据えてその実現に一番可能性が高い選択肢を選ぶ判断力を持っている。

そもそものトピックの趣旨である武士道。
これがただ自分の考えを貫くことを第一とするものなのか、それとも目的を達成するために自分の好みや信条を殺してでも方法論や組む相手を変えるものなのか。


みなさんが武士道というのをどのように考えているのか。
そしてその武士道を貫いた最後の人は誰、つまりラストサムライは誰なのかという話がこれから深まっていくのを期待したいですね。
>>[31]

横浜から新橋までの鉄道開通は伊藤と大隈がいなければなしえなかった。それに大反対したのが大久保と西郷+民衆の大多数。

モジ通り新時代へのレールを引いたのは伊藤と大隈。
彼らは、技術者であって同時に革命家で政治家だった稀有な存在
>>[32]

山縣は非常に面白いですね、人間的にも。最近めちゃくちゃ再評価されてますが私は素直に評価してます。本職はなんだかんだで軍人にもかかわらず第一次大戦不介入を示したりとかく軍人ってのは剣を抜きたがるもんですが政略ありきの線を超えない。懐が広いですよね。自説や当初案に固執しないでそれがダメだったら真逆の案でもそっちを採れるという柔軟性がある。これは伊藤その他にも言えることですが。

あと人間的には本質的には相容れない立場の原敬が暗殺された時に『こういう有為な人間をあっさり殺されては国家としてはたまったもんじゃない』とかコメントしたりする。それとやたらと『自分は一介の武弁であるが・・・』とか前置くんですがお前のような『一介の武弁』がいるか!(勲一等元帥公爵枢密院議長内閣総理大臣〜)って話でw


まぁ凄いし立派な人ではありますし当人も武弁と認識してたらしいですがサムライか?と言われるとラストサムライはおろかこれがサムライだ!というイメージもちょっと私には持てんわなぁ、という感じではありますがw
>>[34]

山縣は戦前から評価は高かったようでマルクス主義で共産党系の服部之総などは軍人で保守政治家にかなり批判的でしたが、原敬に関する著書の中で山縣を非常に高く評価していましたね。

保守、それも元勲の中でも完全に別格の存在だった山縣のような人がいたからこそ政党政治、議院内閣制が保てたという見解。
伊藤が亡くなり憲法下での政党の立場が怪しくなりそうになった時に跡を継いだのは西園寺ですが、西園寺と並立する形で桂太郎を一方の政党の領袖に据え政党間での政権交代が可能な状態を準備したのは山縣。

一部の歴史小説家にはエゴイストだの権力の権化だのと散々な評価を受けてましたが、山縣死後の政党間の争いそれに乗じた軍人達の政権奪取の仕方などを見ると山縣の存在がいかに重要だったか分かりますね。

一介の武弁というのは文化的な詩文の世界や庭好きだけどもセンスはちょっと怪しいよ…という面への謙遜なのかなと思っていますw
>>[35]
後々混乱の大きな理由として政党にせよ政権担当者が軍部と折衝する場合にどこが窓口で、誰を抑えれば話がつくのかというのが不明(おそらく軍部にしても)というのがあったと思うんですよね。山縣生存時は後期に衰えたと言えどもやっぱり山縣に話を通せばいい、というのがやっぱり大きかったんじゃないでしょうか?話を持って行く先が明確という。『ミスター統帥権』ですねw軍部及び官僚で山縣に命令できる奴も逆らえる奴もいませんからw

あぁ、書いてて思いましたが『ミスター統帥権』ですね、彼は。ラストサムライではなくw

『一介の武弁』の解釈は新鮮ですね。そういういい風に見てあげるというのはいいですね。でも本人自信満々っぽいもんなぁw
秋野豊という人をご存じでしょうか?
こないだYouTubeを観てはじめて知りました。
タジキスタンの内戦を終わらせてタジキスタンではラストサムライと呼ばれているそうです。
詳しい方コメントお願いします。
私的に個人的感情でごめんなさいですが…


ラストサムライ、これ、

「白虎隊」


に尽きます泣き顔
>>[38]

20年位前に飯森山に行きましたが、エスカレーターがあるのにはびっくり表情(びっくり)しました。
>>[039]

「いいもりやま」は「飯盛山」と漢字では表記するんです。

何だか美味しそうですがあせあせ(飛び散る汗)

>>[40]

間違いました。(@_@)

フォローありがとうございます。(^_^;)
私も、いいもりやま
間違えました。
すみませんでした。
山本五十六と井上成美。最後の海軍提督。

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