ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

究極の神示「飛鸞宣化」コミュの乙亥年 冬季大典御聖訓 / 平成八年一月五日

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
   一日の計は朝にあり 一年の計は元旦にあり 一生の計は仕事にあり
   なれば一霊の計は弥勒寺にあり 一大元の計は天道にあり   我等
 各位法律主 並 三天主考
ム台に侍りて聖地に来降す。
皇ムに参拝し、諸賢人達と親しく會す。
  我等、本日語らず。
ム言を聴かん。                          哈哈 止

   厳冬の 枯れ木に咲きし 浮かれ雲
   寒空に 届けよ願い 響する    吾乃
 慈弘真君 帯 大和諸仙
ム駕に随し、日の本の地を踏む。
  冬季の佳き日、寒き空に
ラウムの御声が響する。                          哈哈 止

   冬栄隆隆として 強固なり
   季世近近なるも 心月あり
   大計漠漠たるも 真心あり
   典掌天命 誰も離さず   吾等
 五大聖人 帯 全門徒
帝車に侍りて、聖壇に来たる。
聖ムに参拝し、賢人と會す。
  吾等多くを語らず。
聖言を聞かん。                            哈哈 止
 
   太陽の如く輝き 太陰の如く静かに 太母の如く優しく 太父の如く強く生き
   人を愛し 霊を愛せよ 然るに 願い叶えり   我等
 妙見尊星 並 各地御堂鎮座神
ム駕を随駕し、各地より聖地弥勒寺に来たれり。
主ムに参叩し、皆と共に此々に會す。
  冬の記念なる時に、皆と共に
ラウムの意を知らん。                         哈哈 止

   唯 命を知れ   吾乃
 天然古佛
ム座を護りて、東島に来降す。
主ムに禮拝し、聖門に来臨す。
  吾、全徒と會し、親しく茲に冬季の喜びを記す。伝うるに多くは要らず。其の心が人を導
 くなり。其れは語るになく、論ずになく、動くを以て現わされん。     哈哈 止
                                  
   さざ波に 揺られ波間の 見えぬもの
      明日は何処に 明日は何処に   吾乃
 観音古佛
ラウムを護り、東地に来降す。
天ムに参叩し、賢人達と親接會見す。
  吾、本日は語らず。
ラウムの清き声に耳を傾けん。                       哈哈 止
 
   大輪は咲くを以て咲かず 咲かずを以って咲き
   咲くを知りて知らず 知らずを以って知る
   咲くを思えば咲けず 唯 自然の理に添いてのみ 咲くなり  吾乃
 弥勒金剛
ム座に侍りて、聖壇に来降す。
皇ムに参叩し、孫徒等と會す。
  本日、佳き日
ラウムの思いを皆と聴かん。                        哈哈 止

   お母(ム)さん 僕ですよ でも遠いお母(ム)さん 近くにいるのに見えない
   これは誰の責 お母(ム)さん 見えないのは僕が見ていないから   俺倆 
 雲宝二童子
ハハの車に乗りて、東島に来たる。
慈ムに禮拝し、賢き者と會す。
  此々で三才は交替し、再び盤を囲むべし。                停

   誰が因でもなく 誰が責でもなし 時運迫りて眼前にあり
   萬物は其れを知るも人知らず 届けておくれ吾が願い 吾が思い
   萬民に幸を与えておくれ   吾
萬霊真宰無生老ム
 諸侍衛を率いて、聖壇に臨む。吾、冬季の日に一筆認め、吾が意としたし。   咳 止
                                  
  最も見易きもの、其れは吾が姿。最も見難きもの、其れは吾が姿。吾が姿、見えるや、見え ざるや。是れ、汝が心の奥に常に吾あり。魂の眼で見るなれば、吾が姿易く、其の暖りを感ず なり。至福の幸せ、一体感、共に生きる喜び。然れど巷間に溢れる欲、魂の眼を曇らせる欲。 其れは悲しくも何も得られず。唯、吾との一体感のみが後世に残る寶物なり。
  其れを見る事なく象に幸せを求むれば、悲劇は又繰り返され同じ形の痛みを伴うなり。
 其れは天変地異にしても同様にして、根本的なる解決が為されぬのであれば、全く同じ形
 を以て現象として湧出す。悲しき哉。気付かぬ哉。其の因は夫れ夫れの心の持ち方にあるを是れ知らず。知るとも言葉の上にして、尚も欲心を求めるなり。然れど、其の中にも必ず仁あり。僅かなる仁も又、吾が姿となりて人々に幸を与えん。但し、其れは自らが得るものになく、与えてのみ得る事の叶うものなり。其れは人々の持つ唯一の力なり。其れ以外の如何なるものも又消滅し、又心に留まらず。与える事は人にのみ与えられたる素晴らしき心。其れは則ち信へと通ず。何ものも原因あり。結果は訪れる事を以って始めて知るも其れは一部の表面のみを捉えたに過ぎず。結果は既に遅きもの。全てに対して其のあるべき姿を悟らねば又、同じ事を繰り返すなり。
 是處に一つの例え話をするなり。昔ある所に金持の娘あり。其の者徳が高く仁義礼智に備わりたり。ある日一人の借金を多く有したる者が訪れり。其の者、一生の願い故、金を借りたいと申せり。然れど、其の金は娘の家の全財産に匹敵せり。娘、心よく其の申し出を受けたり。何の迷いもなく、そして一家の大反対に會いながらも其の意を通したり。財産は又、幾等でも手に入ると、然し人の心は手に入るものに非ずと。それに感銘を受けた神あり。神は娘の前に降り、一つの袋を差し出したり。神は申す。『是の袋の中味は汝の願いの侭に幾等でも金の出る袋である。是れを汝に与えるなり。但し、必要以上の金は出してはならず。』同時に一家の仕事が困難となり、何も収入を無くしたり。娘は袋の中より必要なだけの金を出し、一家の支えを為せり。然し僅か一度の微妙なる欲心が、娘を捉えたり。必要な金の本の僅か上回る金を袋より出したり。なれど、何も起こらず。是れ幸いと、更に多くの金をだしり。一瞬の間に財宝に溢れ、其の者の欲心は増すのみなり。家族も知り、尚多くの金を出せり。其の時のある日、借金をしたものが来たれり。借りた金を持ち娘の家に来たり。金を返済すると申せり。唯、苦しい故、出来るなればもう少し待つ事を望むと。然れど娘は以前の娘とは違うなり。其の金を置いて行きなさいと、そして二度と目の前に現われるなと申せり。借りたものが門を出た時、何時かの神が降れり。『汝よ、吾が申した事守らず。其の上以前の美しき心失えり。其れは、結果となりて出るであろう。』娘の前より一瞬にして袋は消え、神も消えり。美しき娘は瞬時にして、老いぼれた白髪の老婆となれり。
 是の例え話、解せるや。福禄寿は、其の者に其の合計数として与えられるなり。故に、一方に偏れば他方を無くすなり。其れは、厳しき天律故、吾の力では如何ともし難し。吾が泪届かず。悲痛なる魂の叫びも汚れた心に届かず。なれど、一条の光りあり。其れは救いの船、道の姿なり。嗚呼。何時になれば光に気付くや。
 是の娘、もう一つ忘れし事あり。其れは、人間は一人にては生きて居らぬ事。多くの者と共に歩む。其れこそが人の姿であり、道の姿なり。是れを共生体と申せり。共生体は人のみにて作られるものに非ず。神・人・鬼が集いてその統一された動きによりて初めて共生体は生命体として動くなり。其の動きが、命の動きに合えば自ずと全理天神の力が加えられん。共生体の一番小さきものは、一人の人間なり。人も又、一霊のみにて生くるに非ず。己が心の調和、其れは大自然の理との調和であり、吾が姿との統一なり。
 是の三界にて唯一吾が姿を見る事の許されたもの達よ。吾が救いの泪を受け入れる事の出来る者達よ。吾が手となりて、足となりて、美しき心を与えておくれ。吾より金の袋は渡せぬも、幸せを与える袋は汝等一人一人に渡したり。後で心の扉を開けて見るがよし。其処には美しき袋があるであろう。時が来たれり。
吾、本日は茲迄とする。此處に筆を放つ。
諸侍衛を率いて、天外理天へと返る。  咳 退


________________________________________________________

※『ム』、『ラウム』、『ハハ』はラウムの字です。
(漢字の「母」を90度回転したもの)

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

究極の神示「飛鸞宣化」 更新情報

究極の神示「飛鸞宣化」のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。