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ゴスペルハウスコミュの「あなたのエマオの途上」

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ゴスペルハウスメッセージ 2018.04.07
「あなたのエマオへの途上」ルカ24:13-35

13 ところで、ちょうどこの日、弟子たちのうちの二人が、エルサレムから六十スタディオン余り離れた、エマオという村に向かっていた。
14 彼らは、これらの出来事すべてについて話し合っていた。
15 話し合ったり論じ合ったりしているところに、イエスご自身が近づいて来て、彼らとともに歩き始められた。
16 しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった。
17 イエスは彼らに言われた。「歩きながら語り合っているその話は何のことですか。」すると、二人は暗い顔をして立ち止まった。
18 そして、その一人、クレオパという人がイエスに答えた。「エルサレムに滞在していながら、近ごろそこで起こったことを、あなただけがご存じないのですか。」
19 イエスが「どんなことですか」と言われると、二人は答えた。「ナザレ人イエス様のことです。この方は、神と民全体の前で、行いにもことばにも力のある預言者でした。
20 それなのに、私たちの祭司長たちや議員たちは、この方を死刑にするために引き渡して、十字架につけてしまいました。
21 私たちは、この方こそイスラエルを解放する方だ、と望みをかけていました。実際、そればかりではありません。そのことがあってから三日目になりますが、
22 仲間の女たちの何人かが、私たちを驚かせました。彼女たちは朝早く墓に行きましたが、
23 イエス様のからだが見当たらず、戻って来ました。そして、自分たちは御使いたちの幻を見た、彼らはイエス様が生きておられると告げた、と言うのです。
24 それで、仲間の何人かが墓に行ってみたのですが、まさしく彼女たちの言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」
25 そこでイエスは彼らに言われた。「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。
26 キリストは必ずそのような苦しみを受け、それから、その栄光に入るはずだったのではありませんか。」
27 それからイエスは、モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあることを彼らに説き明かされた。
28 彼らは目的の村の近くに来たが、イエスはもっと先まで行きそうな様子であった。
29 彼らが、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もすでに傾いています」と言って強く勧めたので、イエスは彼らとともに泊まるため、中に入られた。
30 そして彼らと食卓に着くと、イエスはパンを取って神をほめたたえ、裂いて彼らに渡された。
31 すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。
32 二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」
33 二人はただちに立ち上がり、エルサレムに戻った。すると、十一人とその仲間が集まって、
34 「本当に主はよみがえって、シモンに姿を現された」と話していた。
35 そこで二人も、道中で起こったことや、パンを裂かれたときにイエスだと分かった次第を話した。

今週の聖書箇所は、イエスさまがよみがえった、「ちょうどこの日」のできごとです。
イエスさまは、2人の弟子たちがエマオへ向かう途上で、彼らに近づいていきました。
そして、彼らと話をして、こう言いました。
「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。」(25節)

「愚かで、心が鈍くて、信じることができない者」とは、ずいぶんな言われようです。
しかし、それが真実であるがゆえに、受け入れざるを得ないとも言えます。
なにしろ、イエスさまがよみがえったという喜ばしいときに、エルサレムから悲嘆に暮れてエマオへ行こうというのですから。
しかも、その喜ばしい知らせを受けたと言うのにもかかわらずです。

そんな、見捨てられても仕方がない人の、見当違いなエマオへの道の途中で、イエスさまご自身が、彼らに近づいてきてくれたのです。
ともに語り合い、聖書から解き明かしてくれたのです。

復活の知らせが喜べない、つまり、福音が、救いが、十字架が喜べない人たち。
現代でいえば、未信者であり、迫害者であり、傍観者であるとも言えましょう。
そんな状態のときに、その道に同行してくれるのがイエスさまなのです。
ただし、そのときには目が開かれていないので、気が付かないのです。
そう、これは、2000年前のエマオの途上のことではなく、現代のあなたに起こったできごとでもあるのです。
みんな、それぞれの人生の中で、「あなたのエマオの途上」を経験しているのです。

罪にがんじがらめにされている人間は、欲や常識に目がふさがれている人間は、ともにいてくれるイエスさまに気が付かないのです。
それでも、気が付くまで、気付くように、ともにいて、導いて、教えてくれるイエスさまがいるのです。

あなたにも、あなたのエマオの途上があったのです。
心が燃えて、目が開いて、心が開いた時があったのです。
思い出しましょう、そして、伝えましょう。
これが、証人のなすべき、本当の証しです。

ところで、心が燃えたのに、目も心も開かれて信じたのに、またそこから迷いでてしまうのが、私たちでもあります。
まさに、「愚かで、心が鈍くて、信じることができない者」です。
でも、その迷い出たあなたを、捨て置かない方がいるのです。
あなたの羊飼い、イエスさまです。
そう、「あなたのエマオの途上」は、あなたの人生に、何回も起きることなのです。

耐え忍び、寛容なイエスさまの、絶えることのない愛は、あなたに注がれているのです。

コリント人への手紙第一 第13章を開きましょう。
13節の短い章なので、ぜひ全文をお読みください。
4 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
5 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、苛立たず、人がした悪を心に留めず、
6 不正を喜ばずに、真理を喜びます。
7 すべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを忍びます。
8 愛は決して絶えることがありません。

この章には、何回も愛という文字が書かれています。
その「愛」という主語をあなたの名前に書き換えたらどうでしょう。
4 〇〇は寛容であり、〇〇は親切です。また人をねたみません。〇〇は自慢せず、高慢になりません。
全くそぐわない、へんてこな文章でしょう。

では、主語を「イエスさま」にしたらどうでしょう。
4 イエスさまは寛容であり、イエスさまは親切です。また人をねたみません。イエスさまは自慢せず、高慢になりません。
5 イエスさまは礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、苛立たず、人がした悪を心に留めず、
6 不正を喜ばずに、真理を喜びます。
7 イエスさまはすべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを忍びます。
8 イエスさまの愛は決して絶えることがありません

これはまさに、エマオの途上に現れたイエスさまの姿です。
あなたのエマオの途上のために、お祈りします。

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