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†イエス・キリスト†コミュの偽クリスチャンとは誰のことか?(その2)

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コミュ内全体

「偽クリスチャンとは誰のことか?」を語るトピックです。対峙OK。 

注意事項: 
―颪い燭海箸砲論嫻い鮖ち、極力は削除しないでください。
∈鐔癖が認められる人の書き込みには、トピ主がコピペで貼り直します。
0聞漾△海譴ら考えます。 

※福宮穂希さん参加可。

コメント(449)

パウロ、愛と赦しの物語、の映画試写会に行きました。


誰が信じろと言ったんだ?



暴力で報復は私たちの仲間ではないとか。

第二テモテの手紙を読むように、とか、宿題をもらったり。


前売り券1100円で委託販売とか。

自分はもらわなかったですけど。

宣伝?

宗教じゃなくて、「牧師」をじゃないの?
偽栗は、オレσ(`・・´ )で良いよ。
んで、【我こそはホンモノ】って方は名乗りを挙げておくれ。
いや、集団ストーカーは、
現在進行形で続いている犯罪なんです(^^)

もう一度言います、集団ストーカーは、現在進行形で続いている犯罪なんです(^^)

つまり、一年以上にわたり継続している集団ストーカーではっきり分かったことは、
全貌をおいらに言うしかない^_^

全貌をおいらに言わないから、
おはようやありがとうの挨拶すら歪み、

無宗教グループも、
宗教グループも、
事あるごとに心をむしばまれる被害にあった^_^

そして、
それは現在進行形で継続している^_^

ただおいらの場合、
えみっさんグループ、
crayonさんグループだけでなく、
ガチの集団ストーカーも毎日あるのです(^^)

したがって、
集団ストーカーが毎日ある中で、
ちょっとしたことが、
毎年自殺者を出すほどのオオゴトになるということを、
分かってません^_^

だから、
たとえば今泥棒が入ってるのに、
自分が変われば、世界が変わると言う話ではないのです。
泥棒はゆるすとして、
泥棒がまた入らないように、
事の全貌をおいらに言う必要があるのです(^^)





クリスチャンにとっても、
ノークリスチャンにとっても、
実は集団ストーカーになってしまうという悪循環を断ち切る方法は一つです(^ ^)

表面上、感動話しになっても、
表面上、まとまっている話しになっても、
良心と聖霊が、
何かおかしいと発する危険信号をキャッチすることです(^ ^)

本当に、事あるごとに振り回されることになります^_^



じゃあ、クリスチャン限定で、互いに愛し合おうとしないと、なぜ喜びや平安の実が徐々にむしばまれるか?

まずつけこまれる隙ができるからです(^ ^)

というのは、
クリスチャン限定で互いに愛し合わないと、

火矢が放たれた時、
つまり、いよいよ敵意や陰口を植えつけられた時、
あーそうなんですね、
でもクリスチャン限定で互いに愛し合います。

あー本当ムカつきますね。
でもクリスチャン限定で互いに愛し合います。

あー本当ギャフンと言わせたいですね。
でもクリスチャン限定で互いに愛し合います。

あー本当何様ですかね。
でもクリスチャン限定で互いに愛し合います。


と、火矢を消せないのです(^ ^)
「光の子として生きる」

(2011.08.21)

聖書箇所:エフェソの信徒への手紙5章6〜20節(新P.357)
6 むなしい言葉に惑わされてはなりません。これらの行いのゆえに、神の怒りは不従順な者たちに下るのです。
7 だから、彼らの仲間に引き入れられないようにしなさい。
8 あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。
9 光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。
10 何が主に喜ばれるかを吟味しなさい。
11 実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。
12 彼らがひそかに行っているのは、口にするのも恥ずかしいことなのです。
13 しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます。
14 明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。

「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」


質問: 私たちは罪を犯した相手に罪を言い表すべき?

答え: 私たちが神に罪を言い表すべき事は明確ですが、罪を犯した相手にもその罪を言い表すべきかどうかと悩んでいるキリスト者が多くいます。私たちは罪を犯した相手に謝罪をするべきでしょうか?「光の中を歩む」(Iヨハネ1:7)とは、神の戒めに従って生きる事を指しています。上の箇所で、キリストによる赦しと「互いに交わりを保」つ事について書かれています。つまり、光の中を歩む事と人々との交わりには関係があるのです。

全ての罪は最終的には神に対して犯されるものです(詩篇51:4)。聖書にはしばしば神に罪を言い表す必要について書かれています(詩篇41:4; 130:4 使徒8:22; Iヨハネ1:9)。人々に罪の言い表しをするべきか、それについて聖書には決定的に書かれていません。罪を誰かに言い表す事を命令しているただ一つの箇所は教会の長老たちが病んでいる人のために祈る場合についての箇所です(ヤコブ5:16)。

しかし、上の点は私たちが他の人の赦しを乞う必要がないという結論には行き着きません。聖書には人々が謝罪をする場面が多くあります。ヨセフの兄弟たちは創世記50:17-18でヨセフに謝罪をしていますし他にも(ルカ17:3-4; エペソ4:32; コロサイ3:13)などの箇所が良い例です。

上の箇所などからわかる事は、1) 私たちは全ての罪の赦しを神に求めるべきである事。神は「心のうちの真実を喜ばれます」(詩篇51:6)と書いてある通りです。2) 私たちの神との関係が正しいものであるならば、人々との関係も必然的に正しいものになる事。私たちは人々に恵み深く、正義と正直さを持って接するようになるでしょう。3) 謝罪の度合いは罪のもたらす影響の大きさによって変わってくるべきである事。つまり、罪の影響をを直接受けた人には謝罪をするべきです。

つまり、罪の言い表しと謝罪は罪の及ぼす障害の度合いに照らし合わされるべきなのです。罪の影響を受けた人々はその言い表しを聞くべきなのです。

私たちの神からの赦しは私たちの人々への謝罪や彼らの赦しに左右されるものではありませんが、神は私たちが自らの過ちを正直に言い表す事を望んでおられます。私たちが誰かに対して罪を犯し、彼らを悲しませたり、傷つけたりするならば、私たちは彼らに謝罪をし、赦しを乞うべきです。赦しが与えられるかどうかは罪の言い表しを受けた本人次第であり、私たちの責任は心から悔い改め、罪を言い表し、謝罪をする事です。
信者になったけど、まだ、、弟子の期間??
火矢は信仰の大盾で??
追求
https://mixi.jp/view_community.pl?id=6156611


偽キリストと偽クリスチャンはちがうんでないか??
確かなことは、本来、全員、毎日まっすぐ神に目を向けたいということです2^_^


したがって、全員の心の深いところに、敵意や陰口を植えつけることは、意外と罪深いのです。
なぜなら、心の深いところに植えつけられた、敵意や陰口が、事あるごとに全員の心をむしばみ、
救いの喜びや、毎日神に目を向ける気持ちを、むしばんでいくからです。
したがって、あらゆることを全て御存知の神をおそれて、神を愛するのではなく、
あらゆることを全て御存知の神をなめて、神を愛するという形をとらされ、
表面上はおさまっていても、
心の深いところで、何かおかしいと聖霊が警告します。しかし、心の深いところに植えつけられた敵意や陰口により、聖霊の警告をなめて、神を愛するという形をとらされてしまうのです。
これが、あらゆることを全て御存知の神に忌み嫌われます。
人間的テクニックや、人間的誤魔化し、人間的正当化は、
本来、まっすぐ神に目を向けたい全員にとって、
クリスチャン全員にとって、
意外と深刻な、知らず知らず、神に忌み嫌われる側にたたされてしまうのです。
本来、全員、毎日神にまっすぐ目を向けたいのに。
したがって、今のうちに、サタンの足場である、心の深いところに植えつけられた敵意と陰口を砕きましょう。





キリスト教では、悪口をさほど強く禁じていないように思われています。しかし、実際には新約聖書全体が語っているように、明確に中傷や悪口に対して警告しています。パウロはこのように言っています。「無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。」(エペソ4:31)またペテロも、「ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、」(1ペテ2:1)と教えています。

エペソ人への手紙4章31節でパウロは、ギリシャ語「ブラスフェーミア」という言葉を使用しています。この言葉から英語の「blasphmy( 冒涜)」という単語が生まれました。私たちが現在使っている冒涜の語源は、「神に対して悪口を言う」という意味でした。一つひとつの悪口や、ほんの少しの陰口を言ったりすることが、神に対する冒涜になるなら、私たちは自分たちの発する言葉にどれほど注意をしなければならないことでしょう。

第一ペテロの手紙2章1節で、ペテロはギリシャ語「カタラリア」を使用しています。これは直訳すると「悪口を言う」ということです。パウロもペテロも、ユダヤ人として教育を受ける中で、この「ラションハラ(悪口を言うこと)」が禁じられていることをよく知っていました。


パウロは第二コリント人への手紙12章19節と20節で、同じギリシャ語「カタラリア」を使っています。新改訳聖書では、この単語は「陰口」と訳されています。「あなたがたは、前から、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと思っていたことでしょう。しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築き上げるためなのです。私の恐れていることがあります。私が行ってみると、あなたがたは私の期待しているような者でなく、私もあなたがたの期待しているような者でないことになるのではないでしょうか。また、争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動があるのではないでしょうか。」

近代のキリスト教の教えでは、私たちの話す言葉に注意を払うということが強調されてきました。しかし最近では、考える言葉と話す言葉の両方に注意することが求められています。ジョン・ビビアの著書『サタンの餌食(TheBaitof Satan)』では、誰かに対して悪いことを考えたり言ったりすることに時間と思いを集中させるなら、私たち自身が自滅すると指摘しています。ビビア師が本当に強調しているのは、正しいか否かにかかわらず、他人への苦々しい思いを持つなら、その人自身が傷つき破壊するということです。このことに関する彼の教えと、ラションハラについてのラビの教えは非常によく似ています。それは悪口を言われる対象だけでなく、悪口を言う者もその過程でダメージを受けるという教えです。
おいらの場合、内心詐欺が多発している(^ ^)

もはやギャグの領域ですが、逆に、今組まれているストーリーのヒントにはなります(^ ^)

ただ、みなさん思い出してください。
一年以上にわたり、内心詐欺や、
組まれたストーリーは、毎回二転三転しているのです(^^)


みんとのブログにご訪問ありがとうございます。


先ずこちらのチラシをご覧下さい。
大変巧妙な犯罪ですのでよくお読み下さい。
おかしな依頼をされましたら警察にご通報下さい。




私のこの「人権侵害の無い心優しい街へ」シリーズも41回目を迎えました。

集団ストーカー犯罪周知活動と共にこの街がどう変化していくのか。街の人々はこの犯罪とどう向き合って下さるのか。この犯罪を知った方はどんな反応をするのか。

街の人々の様子や生の声を被害者の皆さんや一般の皆さんにお届けしながら、そして、私はこんな犯罪の被害者になってしまいましたが、それでも正しく強く生きたい、いつかこの犯罪が解決する日を願いながら書いております。

さて本日周知活動を行いました。

自宅最寄り駅より南側一帯の住宅街と団地。以前に何度かポスティングをした地域です。周知は浸透していると思います。街は穏やかな空気が流れています。

時折、慣れないスマホを凝視しながら要所要所で立っているご老人がおります。決めつけてはいけませんがおそらくカルト信者でしょう。この地域はとても信者が多いと仕事のお客様から以前伺ったことがあります。

この犯罪には一部宗教信者が関わっていると言われております。もちろん信者全員が関わっているわけでもありませんが。私が通ったことを連絡網でも回しているのでしょうか。私が通り過ぎるとご老人もその場を立ち去るというおかしな状況が頻繁にありました。チラシを渡すと実に気まずそうに受け取っておりますが…

一体いつまでこんなことをする気でしょうか。

静かな住宅街を次々にポスティングしていくと、ある70歳くらいのご老人とお話することになりました。自転車に乗っていたところをお時間をいただいての説明でした。

簡単に説明をすると、なんとこちらの方は元お巡りさんでした。元です。

「こちらの犯罪はご存知でしたか?」

「あー、知ってる、知ってるよ!」

「恋愛のストーカーではなくて嫌がらせしたり監視したりするストーカーですが。」

「そうだよ、知ってるよ。」

「この街にも被害者がいるのですがご存知ですか?」

「この街もあるよ。」

「非常に巧妙で中々警察に行っても取り締まりしてもらえなくて困っているんです。」

「あー、そうだよな。

こんな犯罪ほんと詐欺みたいなもんだよ。

今の若い警察はさぁ、マニュアルに添ってでしか動けないんだよな。何の仕事してるのか。みんな分かってはいても知らないふりしてるのさ。」

こんな話の展開になりました。

最後に
「まー、頑張ってよ!」
と励まして下さり別れました。

私の街ではかなり周知されてきていると思います。

またこの元お巡りさんもご存知で、この犯罪はあると認めているのです。

周知活動を通し街の方々とお話をしてみると…様々な角度からこの犯罪を垣間見れます。

加害組織はこの犯罪被害を訴える者は精神疾患の病気だと隠蔽工作しようとしますが…昔はそんな隠蔽工作も通用したのかもしれませんが今はちょっと、いや、かなり無理があるんじゃないかと思います。

警察の方にも一日でも早く積極的にこの犯罪の取り締まりをして欲しいと強く思います。
宜しくお願いします。

本日の掲示は1年くらい前にご協力いただいた運送会社さんです。大通り沿いです。ありがとうございました(^ ^)



今日は徒歩で3時間半の活動。大変疲れましたが気分は爽快です。今週はまだまだ頑張ります(笑)

皆さんも頑張って下さいね(^O^)/

本日…800枚
2018年…8304枚
累計…35105枚


みんと
>>[418]
偽キリストとは偽のキリスト、例えば韓国の自称メシア、偽キリスト者は偽キリスト教徒、例えば韓国のメシアを名乗る偽キリストの信者です。
教祖と信徒の違い。
集団ストーカーを肯定する方々は、
一年以上集団ストーカーに耐えるか、
ガチで全てを捨ててください^_^

次回の、SNS専門の弁護士への相談は、
9月26日(水)となりました^_^

今日もはりきっていきましょう(^^)
>>[421]

どうも、スマートホンの調子がおかしい(^^)
全通行人の方々への、
おはようございます、こんにちは、こんばんは作戦を継続中です(^^)

もちろん、賛美と祈りも、仕事中に継続してます^_^
物は言いようになるのが、
どうしても、
集団ストーカーの特徴になってしまいます(^ ^)

つまり、敵意と陰口を植えつける方向に、
結果としてなってしまうのです(^^)

だから、集団ストーカーが絡むと、
懲らしめではなく、
ただの犯罪に、
結果としてなります(^ ^)

結果として集団ストーカーになってしまう、
これが集団ストーカーのややこしいところです(^^)

懲らしめというのは、
敵意と陰口を植えつけないからです(^^)


今書いておかないといけないのは、

神のミワザは、
愛あるところに働くということです(^^)

つまり、
愛のないところに、神のミワザは働かない(^ ^)

カチンとくることがあるのは全員です。
ただ、従順も、愛を動機としていないなら、
神のミワザは働きません。
愛がないことは、本当に致命傷になるのです(^^)

ここまでオオゴトになると、
愛を動機としていなかったことは、
後々、必ず誤魔化しようがなくなるからです(^^)

その時、
自分と自分達のプライド、体面、体裁を動機としていたか、
愛を動機としていたかが、
必ず問われます(^ ^)

だから、今のうちに全員調整しましょう。
やってしまったことは、全員にあります。
では、
調整して、
自分と自分達のプライド、体面、体裁を動機とするのではなく、
愛を動機とするように、調整していけば勝ちです(^^)

愛あるところに、神のミワザが働くからです(^^)


日々の刺激に対して、ターゲットの〈過敏さ〉を増幅させるために使われる。TIは数ヶ月以上、または数年にも渡って日々の(条件付けられた)刺激を受けるたびに、TI自身を苦しめてきた苦痛をともなう感覚を呼び起こすことになる。アンカリングは公共の場でも、TIにやむことなく虐待と監視が続けられていると思い知らせるために利用される。



 ターゲットが行くすべての場所に「つきまとう」ことも含まれる。それはターゲットのことを知ることでもある。彼らがどこで買い物をするか、働くか、遊ぶか、友人や家族は何者か。ターゲットに接近してゆくために、彼らが住むコミュニティやアパート、通りを隔てた場所に引っ越しをする。ターゲットの電話、室内、パソコンの動きを傍受するなど(の違法行為)がとられる。

c) ターゲットの孤立化
 本来この《対象化》はコミュニティに警報を与えることを目的に設計されている。しかし彼らの行為は誹謗中傷と大差ない。彼らはターゲットの振る舞いや活動について一方的な評価を与える。ターゲットは決して自分の立場で物語を語ることもリストから名前を消すことも許されていない。この一方的な評価の中にはでっち上げの調査結果、嘘、そしてターゲットが嵌められた実際の出来事も含まれる。

 例えば:ターゲットの所属するコミュニティの人々はターゲットは気が狂っている、危険人物、こそ泥、薬物依存、売春婦、幼児性愛者、何らかのトラブルを抱えている、観察が必要だ、と聞かされる。まさに要注意人物に仕立て上げることであり、それ自体がターゲットに被害妄想を、そして日々の出来事に間違った印象を作り出す力を持っている。

 対象者ファイルはさらに作られる

 多様なコミュニティの《通知》はコミュニティ内部に幻想を作り出せ、また、作り出すことが明らかになった。 

 一部の人々は近隣の危険な犯罪者の正体を知ることができるならより安心だと主張するだろう。しかし、コミュニティの《通知》が広範囲に広がることは実際ターゲットに対する迫害の恐怖を高めることになる。大都市部では数十万もの人々が危険な犯罪者が放たれたことを知らされる。しかし、実際にはたったの数百人がそのコミュニティで彼と接触することになるだけである。この無差別の《通知》はより多くの『捕食者』がコミュニティ内に、以前より増えているとの思い込みを広げ、公共の構成員の間の恐怖心は強められる。
 それは悪循環という結果を招く。広範囲に広がった《通知》はコミュニティ内に犯罪の恐怖を増幅させ、順にそれがさらなる《通知》を求めることになる。『捕食者』のような恐怖をかき立てる言葉を政治家や当局者が使用することは、恐怖心を高め、より強い処罰行動要求を増大させる。

d) 騒音と「癖や仕草」のまね
 ターゲットの人生を崩壊させるために、睡眠時に大きな音を出す機器、ステレオ、ドアを激しい音、などが使われる。公衆の場でターゲットのプライバシー情報を話すこと。ターゲットの物まね(表情・癖・動作・仕草・ほのめかし)。基本的には加害者がターゲットの生活に入り込んでいることを思い知らせるためである。日々の嫌がらせは訓練を受けていない一般人の目には何も見えないが、心理的にはターゲットの尊厳を繰り返し傷つけ、損傷を与える。

e) 日々の暮らしの破壊とストリート・シアター
 空気の抜けたタイヤ、睡眠妨害、薬物を混入させた食べ物、ターゲットの持ち物に泥を付ける。大人数の見知らぬ人々が公共の場所でターゲットをいらだたせる。これらの見知らぬ人々は具体的な時間と場所、そして演じる具体的な筋書きを伝えるテキストメッセージを受け取っていると思われる。


 《ガスライティング》という手法はターゲットが精神的に破綻をきたしているという幻覚を作り出すために使うことができる。実際、ターゲットが危険で好ましくないという理由で、引っ越しさせようとしているコミュニティによって標的にされ、虐待される時などに、である。この対象化システムはコミュニティにターゲットを虐待や犠牲者という加害者以下の人間として扱うことを容認する。それは罪のないターゲットや家族に筆舌に尽くしがたいことをする犯罪許可証を与える。

 これらのアクションは民間協力者にとっては無害のようだ。しかし、現実的にはターゲットにとって重大な心理的なトラウマを引き起こす。例:ター ゲットの通り道を塞ぐ、列の前に割り込む、道路で割り込んだり取り囲む、ターゲットから反応を引き出すような言葉や行為など。それは人間をじわじわと殺してゆく “生殺し”状態に似ている。一つか二つのちょっとした出来事ならターゲットに損傷を与えることはないだろう。しかし、繰り返えされるとターゲットは ゆっくりと摩耗してゆく。
どうしても集団ストーカーを肯定したい方々は、
一年以上集団ストーカーに耐えるか、
全てを捨ててください^_^


なぜ人々は集団ストーカーに参加するのか?

参加する理由は様々である。

何人かは参加することで権力が与えられたと思い込んでいる。また、統制されている一体感を感じている。多くの者は心から『誰が悪で、自分自身やコミュニティを誰から守るべきか』教えてくれていると信じている。

他の者は友達づくりや友達関係を維持するために参加する。それは何か社会的であり、彼らにとってそうすることが楽しみでもある。彼らは監視したり彼らのコミュニティを守る時の特別な感覚が大好きなのだ。一般人の多くは片手サインをお互いのコミュニケーションをとるための言葉として使う。それは人種、性別、年齢、社会的障壁を取り去るときに大変有効だろう。多くの参加者はサインが誰が彼らの側にいるのか、誰が潜在的なターゲットなのかを知らせていると信じている。

また、他の者は国家または警察組織に強制されるか脅されるかして参加している。私は幾人かの人々が参加するよう圧力を掛けられているところを見た。

彼らは国土または国家安全保障の一部だと聞かされている。彼らは〈危険人物〉または〈情緒障害のある個人〉から目を離さないための補助として使われると聞かされている。彼らは自分たちを国家を守る英雄的なスパイと見なしている。

他の者はすでに他の活動に利用されたことのあるただの田舎の悪党、または情報提供者である。彼らの活力はそらされコミュニティの安心安全プログラムに注がれる。例えば、何割かはコミュニティまたは警察のためにTIを監視するか、刑務所に入るかの選択を迫られたと思われる。

他の者はターゲットに対する徹底的な嘘や中傷を聞かされターゲットの人生を破滅させることに荷担するよう説得される。例えば、多くの面倒見の良い家族は「対象者が精神衛生上の問題または他の社会的に受け入れがたい振る舞いという問題を抱えており、それは彼ら自身や彼らのコミュニティの大部分にとって危険となるだろう、また、《TIに関する通知》はコミュニティを安全に保つために必要である」と聞かされ、その上で、このことを誰にも明かさないよう依頼される。

しかしながら、日々の仕事に追われる標準的な市民である多くの者は、目や耳としてのみ利用される。もしターゲットが彼らの周囲に侵入したら、ターゲットを注視し、観察し、洞察するよう依頼されるだろう。それが社会のあり方だと。
確かなことは、本来、全員、毎日まっすぐ神に目を向けたいということです2^_^


したがって、全員の心の深いところに、敵意や陰口を植えつけることは、意外と罪深いのです。
なぜなら、心の深いところに植えつけられた、敵意や陰口が、事あるごとに全員の心をむしばみ、
救いの喜びや、毎日神に目を向ける気持ちを、むしばんでいくからです。
したがって、あらゆることを全て御存知の神をおそれて、神を愛するのではなく、
あらゆることを全て御存知の神をなめて、神を愛するという形をとらされ、
表面上はおさまっていても、
心の深いところで、何かおかしいと聖霊が警告します。しかし、心の深いところに植えつけられた敵意や陰口により、聖霊の警告をなめて、神を愛するという形をとらされてしまうのです。
これが、あらゆることを全て御存知の神に忌み嫌われます。
人間的テクニックや、人間的誤魔化し、人間的正当化は、
本来、まっすぐ神に目を向けたい全員にとって、
クリスチャン全員にとって、
意外と深刻な、知らず知らず、神に忌み嫌われる側にたたされてしまうのです。
本来、全員、毎日神にまっすぐ目を向けたいのに。
したがって、今のうちに、サタンの足場である、心の深いところに植えつけられた敵意と陰口を砕きましょう。





キリスト教では、悪口をさほど強く禁じていないように思われています。しかし、実際には新約聖書全体が語っているように、明確に中傷や悪口に対して警告しています。パウロはこのように言っています。「無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。」(エペソ4:31)またペテロも、「ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、」(1ペテ2:1)と教えています。

エペソ人への手紙4章31節でパウロは、ギリシャ語「ブラスフェーミア」という言葉を使用しています。この言葉から英語の「blasphmy( 冒涜)」という単語が生まれました。私たちが現在使っている冒涜の語源は、「神に対して悪口を言う」という意味でした。一つひとつの悪口や、ほんの少しの陰口を言ったりすることが、神に対する冒涜になるなら、私たちは自分たちの発する言葉にどれほど注意をしなければならないことでしょう。

第一ペテロの手紙2章1節で、ペテロはギリシャ語「カタラリア」を使用しています。これは直訳すると「悪口を言う」ということです。パウロもペテロも、ユダヤ人として教育を受ける中で、この「ラションハラ(悪口を言うこと)」が禁じられていることをよく知っていました。


パウロは第二コリント人への手紙12章19節と20節で、同じギリシャ語「カタラリア」を使っています。新改訳聖書では、この単語は「陰口」と訳されています。「あなたがたは、前から、私たちがあなたがたに対して自己弁護をしているのだと思っていたことでしょう。しかし、私たちは神の御前で、キリストにあって語っているのです。愛する人たち。すべては、あなたがたを築き上げるためなのです。私の恐れていることがあります。私が行ってみると、あなたがたは私の期待しているような者でなく、私もあなたがたの期待しているような者でないことになるのではないでしょうか。また、争い、ねたみ、憤り、党派心、そしり、陰口、高ぶり、騒動があるのではないでしょうか。」

近代のキリスト教の教えでは、私たちの話す言葉に注意を払うということが強調されてきました。しかし最近では、考える言葉と話す言葉の両方に注意することが求められています。ジョン・ビビアの著書『サタンの餌食(TheBaitof Satan)』では、誰かに対して悪いことを考えたり言ったりすることに時間と思いを集中させるなら、私たち自身が自滅すると指摘しています。ビビア師が本当に強調しているのは、正しいか否かにかかわらず、他人への苦々しい思いを持つなら、その人自身が傷つき破壊するということです。このことに関する彼の教えと、ラションハラについてのラビの教えは非常によく似ています。それは悪口を言われる対象だけでなく、悪口を言う者もその過程でダメージを受けるという教えです。
正直、リアルで、誰一人全貌を話さないので、
本気で、今どういう話しになってるかが、
まったく分からない(^^)


せめて、誰か、匿名でメモ書きでも落としてくれたりすれば、
少しはちぐはぐも少なくなるのですが、
本気でちぐはぐです(^^)


つまり、論破する気も、罪に定めるつもりも全く無いのですが、
自分と自分達のプライドと体面と体裁が、
リアルで論破されること、
リアルで罪に定められることを恐れてるのです(^^)


おいらは、あなたがたは神の子じゃないとか、
あなたがたは光の子じゃないとか言ってるわけではないのです(^^)

事の全貌を話してと言ってるのです(^^)


なぜなら、一年以上にわたり、
事の全貌を話さないから、
あらゆる善意と、あらゆる悪意が、
全てちぐはぐになったのです(^^)

つまり、もう結果は出てるのです(^^)

事の全貌を話さないことには、
善意ですら、
ちぐはぐになるのです(^^)



イエス様は、事の全貌を分かった上で、
忍耐しました(^^)

おいらも、事の全貌が分かれば、
そういう事情なら、監視していいですよとかに、
なるのです(^^)

そういう事情ならと、
事の全貌が分からなくても、
おいらは自分の損を選択し続けてきました^_^

つまり、全然むさぼってないし、
一年以上、常に、自分の損を選択し続けてきました^_^


集団ストーカーを肯定するなら、
一年以上集団ストーカーに耐えるか、
ガチで全てを捨ててください^_^


ただし、事の全貌を話せば、
そういう事情なら、
そのストーリーでいいですよとか、
監視していいですよとか、
ほのめかししていいですよとか、
わざと物音立てていいですよとか、
尾行していいですよとか、

少なくとも、
一つのグループは、
集団ストーカーでなくなり、
チグハグも、
誤解が誤解を生む形も少なくなるのです(^^)

しかも、
おいらは別のグループの対集団ストーカーに専念できます^_^


で、
一番あり得ないのが、
毎回、そうだよ、当事者に全貌を話すべきだよとか、
そうだよ、互いに愛し合うべきだよとか言う方々が、
毎回踏みにじられるのです(^^)


つまり、おいらに味方する方々が、毎回踏みにじられる^_^

これが一番あり得ないです(^^)


確かに、撃たれたら、必ず撃ち返すのがおいらです(^^)

撃っていいのは、撃たれる覚悟のある者だけだ。
という言葉も、確かに好きです(^^)

だから、
何年前であろうが、
撃たれたら、平気で撃ちます(^ ^)

それは認めます(^ ^)

確かに撃ちました、すみません(^ ^)
しかし、撃たれるまでは撃たないも徹底してます(^ ^)

去年は、酒どころか、360度これでもかと、
罠と分かりつつも駄々漏れさせたくなるネタ振りをしましたが、
覚醒剤や大麻などのネタ振りはやってません(^ ^)

今年も仕掛けてるネタ振りはあるのですが、
別のグループから、別のグループへの駄々漏れでないと、意味が無いのです(^^)
>>[437]
お前もしかしよー一日中やって飽きんの
>>[437]
撃たれら打ち返すやなくて
毎日コピペそしてトピも全部コピペや!やってる事と話してる事

乖離ありすぎー
>>[408] >>[417] >>[424] >>[426] >>[427] >>[428] >>[429] >>[432] >>[435] >>[436]>>[439] >>[441]>>[3] >>[2]>>[1]
じゃあお前は何してきたの?



そこは「棚上げ」ですか?
で無断で突然本人名前使いとび晒しさせるのは「公開処刑」的で
不適切ですよねーそらボコられんと
>>[417] >>[424] >>[426] >>[427] >>[428] >>[429] >>[432] >>[435] >>[436]>>[439] >>[441]>>[3] >>[2]>>[1]
じゃあお前は何してきたの?



そこは「棚上げ」ですか?
で無断で突然本人名前使いとび晒しさせるのは「公開処刑」的で
不適切ですよねーそらボコられんと
答えるまでやってやるんで
単なる飛び回ってやってる側が

荒らしやんつか確実にやってるのを「仕留めてるだけや!」

>>[417] >>[424] >>[426] >>[427] >>[428] >>[429] >>[432] >>[435] >>[436]>>[439] >>[441]>>[3] >>[2]>>[1]
じゃあお前は何してきたの?



そこは「棚上げ」ですか?
で無断で突然本人名前使いとび晒しさせるのは「公開処刑」的で
不適切ですよねーそらボコられんと

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