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日記ロワイアルコミュの児童公園 〜 子猫と僕と毎日おっちゃん。

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コミュ内全体

 数ヶ月前、僕は東京にいた。
 明治大学の近くに住む友人宅にお邪魔していた僕は、その日の昼食を明大周辺の学生街で摂ることにした。
 「伝説のスタ丼(スタミナ丼)」と大きく打ち出された店頭の垂れ幕は、どんぶりに並々と盛られた豚肉が湯気をあげていて、いかにも学生ウケしそうなイメージ画像。店側が勝手に作り上げた伝説の味を賞味してみようと僕は入店した。
 入店して食券を買い、店員に手渡した僕はセルフサービスの水をコップに入れてカウンター席に座った。
 5分程度で現れたスタ丼(700円程度)はイメージよりも貧弱で、その味はといえば豚肉の臭みを大量のニンニクでごまかした安っぽいものだった。もしも伝説を求めて世界を旅する冒険家の辿り着いた最後の地がこの店であったとしたら店長ならびに店員、全員惨殺という悲しいエンディングになるのだろう。しかしながら冒険家でも海原雄山(美味しんぼ)でもない僕は、胃袋の中を彼らのレジェンドで満たしていくのだった。
 伝説の味も半分以上食べ終えたところで、学生らしい若い男が3人、入店してきた。
 食券を手渡してテーブル席に着いた3人は、日経新聞を広げて株価の推移について話したり、外貨や投資信託、大学の講義の内容をべらべらと話していた。100浪しても明治大学に合格できないであろう僕の脳スペックでは彼らの会話を理解できるはずもないし、不味い飯がさらに不味くなるだけなので、さっさと食べ終えてしまおうと丼を持ち上げたとき、3人のうちの一人が声を荒げた。

 「あいつら超うざくない!?」
 「マジ気持ち悪いよね!」
 「なんかクセーし!」
 「実際、仕事とかいくらでもあるんじゃん?」
 「だよね。コンビニとか今、全然人足りてねーって!」
 「マジ働いて欲しいし」
 「努力が足りねーんだよ。ていたらくもたいがいにしろっつの」

 どうやら学校周辺にねぐらを持つホームレスに対する中傷のようだ。その後も3人はあーだこーだと各々、不平不満をばら撒いていた。
 僕の記憶は遡る。

               ・
               ・
               ・

 野茂英雄の投球フォームを真似たタカシ君の指から離れた山なりのゴムボールを、僕の握るプラスチックバットの芯が捕らえた。

 パッコーン!

 勢いよく放たれた白球が夕焼けの方向に飛んでいって、公園を縁取る茂みの中に消えた。
 「あ〜、最悪や〜」外野を守るクラスメイトがいった。ボールの飛んだ先はこの公園に住みつくホームレスの住家で、いかにも不潔な彼に僕たちは恐怖心を抱いていたからだ。「masa、お前が打ってんからお前が取りに行けよ!」外野を守る少年の冷酷な通達に、本来ならばホームランで笑顔のはずの僕の表情は恐怖で凍てついた。
 仕方なくボールを捜すために茂みをかきわけて進んで行くと、ブルーシートと角材で作られた犬小屋みたいなテントの前に、七輪でスルメを焼く真っ黒の男がいた。髪の毛はコテコテに固まっていて、伸び放題にされている髭との境目が分からない。まだ初秋だというのに何重にも重ねられた衣服はボロボロで、本来の性質を完全に喪失している。年齢は初老くらいか、その判別は難しい。男の横には、僕が捜しているゴムのボールが転がっていた。
 男がいった。

 『スルメ、食うか?』
 「…いらん。ボール返して」
 『お前が飛ばしたんか、おっちゃんはこのボールのせいで目が覚めたんやで』
 嘘だ。今、焼き始めたスルメの色じゃない。
 「…ごめんなさい。ボール返して」
 『スルメ、食ってけ』
 「い…いらん。ボール返して」
 『食わな返さん』
 そんな汚いおっさんが焼いたスルメなんて食べたくなかった。
 「ど、どうしても食べなあかんの?」
 おっさんは頷いた。
 半ば投げやりになって、スルメを口に入れた。
 『うまいか?』
 うまかった。
 どうということはない。普通のスルメを焼いただけのことだ。だけれど妙にうまかった。
 そのうまさはきっと彼を蔑視した僕が、こんな汚いおっさん発信の食い物がうまいはずはないと決めてかかっていたそれとのギャップが生み出した味覚だったのだと思う。
 「…おいしい」
 『せやろ。じゃあ、これ飲むか?』
 そういっておっさんが差し出したのは飲みさしの「ワンカップ大関」だった。
 「絶対にいらん」
 スルメがうまかったからといって、おっさんと間接キスをするほど僕は感激も親近感も寄せてはいなかった。
 『へへへへ、まだ坊主には早いわな』
 「ボール返してくれる?」
 『またスルメ食いに来るか?』
 「う…うん」
 そういって頷くと『ほれ』といっておっさんは僕にボールを投げ渡した。

 クラスメイトの元に戻ると、途端に僕は罵られた。

 『うわ、きったね〜、お前コジキとなんか食ってたやろ〜』
 「ちゃうって!食わなボール返さんていうからしゃーないやん!」
 『お前、今日からコジキな』

 ホームランを打った僕はその日、コジキ(乞食)になった。

 だんだんと暖かさを失っていった公園からはそれまでの賑わいが消えて、枯葉の転がる乾いた音と砂場に半分埋まった像の形のジョウロがあるだけ。夏が残した忘れ物を取りに来る子供はいなかった。

 寒くなって外で遊ばなくなった子供たちは暖かい家の中でスーパーファミコンをして遊ぶ。スーパーファミコンを持っていなかった僕は一人、友達がいるかもしれないという僅かな期待を持って、学校帰りの公園に寄り道をした。
 公園にはやっぱり誰もいなかった。そのまま公園を横切って家に帰ろうと思った僕の目の先に、正方形の段ボール箱を発見した。近づいて見ると、手のひらサイズのほんの小さな子猫が寒さのせいか、ガタガタと震えてそこにいた。まだ目も開いていない赤ちゃんだった。段ボール箱の傍には、同じ毛色の子猫が硬くなって死んでいる。きっと彼らは兄弟だと思った。
 僕は怖くなった。このまま通り過ぎて家に帰ったら、今生きているこの子も明日は隣の兄弟と同じに、硬くなって死んでしまうんだろうか。だけれど、家に連れて帰ることはできない。共働きの両親にペットのお土産なんて歓迎されるはずがないと知っていたからだ。
 けれど、放って帰れない。
 思い出した。あの茂みの奥に彼がいる。
 僕は走った。また来るといってから一度も行っていなかったから多少気まずい思いはあったけれど、そんなことは足を止める理由にはならなかった。
 すっかり枯れ落ちた、もともとは茂みであったその場所におっさんはいた。

 「お…おっちゃん!猫が死にかけてんねんけどな、どないかならん?」
 『どれや、こっちに貸してみ』
 「こいつ、死ぬかな?」
 『ちょっと待っときや』
 おっちゃんは七輪に枯葉や枯木を放り込んで火を点けた。
 『ここに置いてたらあったまるやろ』
 「うん…」
 僕はランドセルのポケットに入ってある、「迷子になったときのためのお金」母親が持たせていた電話代で、牛乳を買って来ておっちゃんに渡した。
 「おっちゃんが飲んだらあかんで」
 『へへへへ、おっちゃんはこれや』
 といってワンカップ大関を顔の高さに持ち上げた。
 「面倒みてあげてくれる?」
 『お前もときどきは見に来いよ』
 「うん!明日も来る!ありがとうな!」

 翌日の学校帰り、早速おっちゃんのところに駆けつけた。

 「生きてる!?」
 子猫は僕の買ってきた牛乳をペロペロ舐めていた。
 『元気になりよったで』
 「すげー!」

 夕日が沈むまでおっちゃんと一緒に子猫を眺めた。
 それから毎日、塾のない日は決まって給食のパンや牛乳を持って公園へ行った。
 僕が行くとおっちゃんはいつも焼いたスルメを僕にふるまい、昔話をした。

 『おっちゃんは昔、プロボクサーやってな…』

 おっちゃんは昔チャンピオンで、ファイティング宗本というリングネームで3階級制覇したらしい。
 …のだけれど、次の日には

 『おっちゃんは昔、プロレスラーやってな…』

 プランチャー柴崎というリングネームでチャンピオンだったという。
 おっちゃんの過去は日替わりで、造船業の社長やら大工の棟梁やら、ひどいときには政治家になるなど、スケールの大きな大人を僕に演出し続けていた。
 大嘘話しだと分かっていても、おっちゃんのトーク術はなかなかに巧みで、10歳そこそこの少年にとっては夢のある華やかな楽しい時間だった。

 ある日、僕は聞いた。

 「おっちゃんはなんで働いてないん?」
 少し考えておっちゃんは口を開いた。
 『おっちゃんは働くのが好きや…、でもな、家がなかったら働かれへんねや』
 「なんで?おっちゃんの家はここやろ?」
 『へへへへ、せやな。おっちゃんの家はここや』
 「頭洗って、服着替えたら普通の人やんか」
 『…』
 「便所で頭洗って、髪の毛切って服さがそうや」
 『…へへへへ』
 おっちゃんはそれ以上何もいわなかった。

 日が沈んで家に帰った僕は、母親に乞食のおっちゃんがなぜ働けないか、家がなければなんで働けないのかを聞いた。
 母親がいうに、仕事をするには住民票というものが必要だという。
 よく分からなかったけれど、公園に住んでいる人は仕事に就けないことがわかった。

 冬休みに入るまで僕とおっちゃんの交流は続いていた。
 子猫を抱きながらおっちゃんはその日も、輝ける嘘の昔話を僕に聞かせていた。
 その頃の僕はもう気づいていた。おっちゃんのホラ話は新聞や雑誌の記事をパクったもので、そのネタ元をゴミ箱から拾い上げていることも。
 だけれど、話している間おっちゃんの落ち窪んだ目の奥は輝いていて、その視線の先には僕には見えない光の塊があったのだと思う。

 冬休みに入って、スーパーファミコンのある親戚の家へと遊びに行くようになった僕は、おっちゃんのいる公園に冬休みの間ずっと行っていなかった。

 冬休みが明けて始業式の帰り、公園に立ち寄った僕だったけれど、おっちゃんはいなかった。いつもの場所には警察官が数人いて、おっちゃんのテントも子猫の姿もなくなっていた。
 次の日も、その次の日も、僕らがいたその場所はまるで白昼夢でも見ていたかのように跡形もなく消え去り、公園は本来の秩序を取り戻していた。

 寒さの厳しい冬だった。

           ・
           ・
           ・

 スタ丼を半分近く食べ残した僕は、店を出て甲州街道にそびえる明治大学を見上げた。
 校内には初秋の陽光が注がれ、キャンパスを行き交う学生たちは光を浴びて輝いていた。

 100年間浪人してもこの大学には入れないだろうけれど、10年生きておっちゃんが仕事に就けない理由がわかった。



 僕らを取り巻く世界には、光があり、闇がある。
 闇から光を見たとき、その光はいっそう輝く。
 そして、光から闇は見えない。


 ・・・踵を返して駅前のコンビニに立ち寄った僕は、スルメとワンカップ大関を買った。
 そのどちらもおっちゃんの匂いがして、スタ丼よりも遥かに美味かった。
 僕にとっての伝説の味。僕とおっちゃんの思い出、嘘でなく本当の昔話。
 


 冬の寒さから子猫を救ったおっちゃんが、冬を越せずに姿を消した。
 天国か地獄か知らないけれど、そこが暖かい場所だったらいいなと思う。

コメント(291)

内容にも文章にも惚れました。

一票です。
一票。

乞食と言われる人を、再び働けるようにするのも必要ですよね。労働力が足りない今だからこそ。

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