ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > アート > 金村修 > トピック一覧 > 金村修「Dante Lobst...

金村修コミュの金村修「Dante Lobster」@void+

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

2007年11月17日(土)〜12月15日(土)

http://www.voidplus.jp/exhibition/7100/
http://www.voidplus.jp

http://ok-ws.hp.infoseek.co.jp/ok_exhibition.htm
http://ok-ws.hp.infoseek.co.jp/

「はいる前に俺が現世にいたと同じだけ/年月を経つのを門の外で待たされている」(『神曲』ダンテ) ベラックワは求めていたわけでも 望んでいたわけでもない現世の年月と同じ時間をそこで待たなければならない。被昇天の辺獄、天上のない地上の岩盤を足跡も残さずどこに行くのか分からない。けれどベラックワと反対の方向に逆行する。「土塊から人間を造っていただきたいと、私があなたに頼んだことがあったでしょうか?」(『失楽園』ミルトン) 望みの年月を与えられたわけではない。流産/死産に失敗して生まれてきた年月の分をまた門の外で反復する。幽閉された循環する回路の中。循環はひび割れている。循環の中心はねじれ、亀裂が入り、反復はいびつな形で繰り返される。「陰惨な場所で、私は永遠に生ける死者として横たわることになるのではないか?」(同上) 埋葬されることを拒否する。昇天しないことは、生ける死者になることは、希望なのだ。洗礼を受けずに死んだ子供の魂は肯定させるべきだ。オーギュスト・ブランキは獄中の単調さを何度生まれ変わっても繰り返すと言い、突撃隊のレームは処刑される前に“革命はその子を飲み込む”と語った。何度でも反復すること。“生ける死者の轟き”として何度でもいびつな形で繰り返す。循環から解放されるのではない。循環の中で轟くこと。ドゥルーズが「哲学とは概念を発明する身振りの総体」と言ったのは、私達はこの世界で轟く以外に生きることができないからだ。“身振り”を、うまく伝わらない奇妙な“身振り”を繰り返す以外に生きることができない。」金村 修

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

金村修 更新情報

金村修のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。