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日蓮正宗・創価学会「同じ穴の狢」目糞 鼻糞宗教

日蓮正宗・創価学会「同じ穴の狢」目糞 鼻糞宗教 2016年11月22日 19:32
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日蓮正宗内部の反創価学会運動である正信覚醒運動が「正信会」と衣替えし、正信会が大石寺66世細井日達から大石寺67世阿部日顕への血脈相承を否定。正信会僧侶のほとんどが擯斥(破門)されて宗外に追放という決着を見たのが1982(昭和57)年。この年の3月には大石寺で日興六百五十遠忌大法会が、12月には日目六百五十遠忌大法会が営まれ、池田大作を筆頭に創価学会首脳が大石寺に登山参詣している。世間では1970(昭和45)年の創価学会・言論問題以来、創価学会批判の火の手が上がっていて、まだ収まる気配を見せていなかった。そんなころ、驚くべき事件が起こった。
1982(昭和57)年10月12日、大石寺に「正本堂建立十周年総登山会」の名目で、池田大作を筆頭に創価学会幹部、法華講幹部ら1万人が大石寺に登山・参詣。正本堂に祀られていた「戒壇の大本尊」の「御開扉」の前に行われた、大石寺大坊対面所での池田大作ら創価学会首脳と大石寺67世阿部日顕の対面の席上、何と大石寺67世阿部日顕が池田大作に賞与本尊を授与したのである。賞与本尊とは、日蓮正宗宗規で
「第二百二十六条 檀信徒に対する褒賞は、次の四種と定める。

 一 大漫茶羅授与  二 日号授与  三 物品授与  四 褒詞
第二百二十七条 僧侶にして次に掲げる各号の一に該当する者には、褒賞を行なう。
 一 国家又は社会人類に対して、福祉増進の功顕著な者
 二 公共又は宗門の事業に裨益(ひえき)した者
 三 宗義を宣揚すべき一大著述をした者
 四 学術又は徳行が世の模範となる者
 五 堂宇又は会堂を新築し、その他寺院又は教会の永続維持の方法を確立した者」
と定められているように、法主が褒賞として授与する曼荼羅本尊のこと。池田大作は1974(昭和49)年1月に、大石寺66世細井日達法主から「賞本門事戒壇正本堂建立」の脇書が入った、いわゆる「正本堂建立記念本尊」と呼ばれる賞与本尊を授与それていて、今度が二度目になる。
それで1982(昭和57)年10月12日に大石寺67世阿部日顕が池田大作に授与した賞与本尊には、何と「賞大法護持広布並世界平和貢献之功」との脇書が入った賞与本尊と発表されている。

どうして池田大作が「大法護持広布」「世界平和貢献之功」の功績があるというのか。全く摩訶不思議な話しである。1974(昭和49)年1月以降、まさに日蓮正宗と創価学会の間に創価学会の教義逸脱問題「昭和五十二年路線」をはじめとする「第1次宗創紛争」が勃発。日蓮正宗や創価学会を離檀・脱会した人が続出して、日蓮正宗から見れば「広布」が後退したはずなのに、「賞大法護持広布」とは、全く摩訶不思議と言う以外にない。

それから「世界平和貢献之功」とは一体なんぞや。池田大作の海外著名人との会見のことか(?)。創価学会による多額の寄付等々により「カネで買った」と評判の池田大作の海外著名人との会見を、大石寺の法主が「世界平和貢献之功」などと賞賛するとは、全く笑止千万と言う以外にない。

1982(昭和57)年10月12日の1日だけ行われた「正本堂建立十周年総登山会」だが、信徒の指導会や座談会等々の行事が行われたわけではなく、正午過ぎに大石寺大坊対面所での池田大作ら創価学会首脳と大石寺67世阿部日顕の対面、13時30分、14時30分に「戒壇の大本尊」の「御開扉」。そして16時から大石寺大書院で大石寺67世阿部日顕ら日蓮正宗首脳、池田大作ら創価学会首脳と法華講幹部が集合しての「祝宴」。つまり酒盛りの大宴会である。ただし大書院での酒盛りの大宴会に出席できた幹部は、ほんの数百人。その酒宴の宴席で、大石寺67世阿部日顕がマイクの前に立って、創価学会を絶賛する説法をしている。

「この正本堂建立は、本門下種三宝の御威光を根幹とし、近代における先師日昇上人、日淳上人、更に当時の御当代日達上人の御慈悲と、そして創価学会の初代牧口会長、二代戸田会長の後につづく第三代池田会長の卓越した信心と正法護持の精神、及びその指導による会員信徒各位の不惜身命の大折伏行のたまものであり、その功徳を中心として、この大事業が完成されたことは論をまたないところであります。」
(「正本堂建立十周年総登山会」を報道する1982(昭和57)年10月13日付け聖教新聞)

大石寺67世阿部日顕から賞与本尊を授与された池田大作は、よほどうれしかったのか、酒宴の宴席のマイクの前に立って、こんな挨拶をしている。
「私の発願のひとつとしまして、今後、猊下の御指南を仰ぎつつ、未来に確固たる令法久住と広布の堅塁を大盤石ならしむるために、学会の秋谷会長並びに執行部の方々に心からお願いして、全国に新寺院の建立をなし、もって御法主上人猊下の御慈悲に応え奉る決意でございます」
(「正本堂建立十周年総登山会」を報道する1982(昭和57)年10月13日付け聖教新聞)。
この池田大作が言う「全国に新寺院の建立をなし…」というのが、1984(昭和59)年からはじまる二百箇寺建立供養ということになる。がしかし、1990(平成2)年12月の池田大作総講頭罷免に端を発した日蓮正宗と創価学会の「宗創戦争」で、二百箇寺建立供養は途中で中止。大石寺67世阿部日顕が「創価学会の初代牧口会長、二代戸田会長、第三代池田会長の卓越した信心と正法護持の精神、会員信徒各位の不惜身命の大折伏行の功徳」と絶賛した正本堂は、建立からわずか26年後の1998(平成10)年、その大石寺67世阿部日顕自らが解体してしまう。

あとで振り返って歴史を見てみると、まさに笑ってしまうような話し。気の毒なのは、日蓮正宗と創価学会のバカげた茶番劇に踊らされているだけの、何も知らない末端バカ会員と末端バカ法華講員である。


1982(昭和57)年10月12日、大石寺での「正本堂建立十周年総登山会」で、大石寺67世阿部日顕から「賞大法護持広布並世界平和貢献之功」との脇書が入った賞与本尊を授与された池田大作は、よほどうれしかったのか、賞与本尊を全国各地にたらい回しにしていた。
賞与本尊授与から約2ヶ月後の12月4日、池田大作はその賞与本尊を創価学会本部(創価文化会館)の中の「恩師記念室」と称する部屋の仏壇に祀り、創価学会本部に藤本栄道(日潤)総監を迎え入れ、創価学会最高幹部たちを集め、藤本栄道(日潤)総監を導師に入仏式を行っている。

さらにその4ヶ月後の1983(昭和58)年4月17日、創価学会山形県第1回総会に臨席するため山形県入りした池田大作は、創価学会本部(創価文化会館)恩師記念室に入仏したはずの賞与本尊を創価学会山形文化会館に持ってきて、山形文化会館で賞与本尊を特別に「奉掲」した。
さらにつづいて創価学会山形池田講堂でも賞与本尊を特別に「奉掲」した。


(創価学会山形文化会館での賞与本尊特別「奉掲」を報ずる1983(昭和58)年4月18日付け聖教新聞)
なぜ賞与本尊が山形文化会館や山形池田講堂で特別に「奉掲」されることになったのか。1983(昭和58)年4月18日付け聖教新聞の記事によれば
「褒賞の御本尊の地方会館での奉掲は、“日本の辺地や恵まれない地域で広布に尽力している方々が、ぜひ拝せるように”と、御法主日顕上人猊下に名誉会長がお願いし、御法主上人の御慈悲でお許しを賜ったもので、今回の山形での奉掲が初めてとなる


(1983(昭和58)年4月18日付け聖教新聞)
とある。つまり山形を皮切りに、賞与本尊が全国各地の創価学会会館に次々と特別「奉掲」されることになったというわけ。平たく言えば、賞与本尊が全国各地の創価学会会館を転々と“たらい回し”されたということである。これは江戸時代によく行われていた善光寺如来や成田山不動明王の“出開帳”の猿まねか(?)。そして最終的に賞与本尊は再び創価学会本部に帰ってきた。「帰ってきたウルトラマン」ならぬ創価学会本部に帰ってきた賞与本尊は、1988(昭和63)年10月2日、創価学会本部(創価文化会館)7階の「平和会館」と命名された部屋に祀られた。


(1988(昭和63)年10月3日付け聖教新聞より)
曼荼羅本尊の全国“たらい回し”の是非は別として、池田大作は賞与本尊を大石寺67世日顕から授与されたことを大喜びで、全国“たらい回し”にしたわけだから、これも日蓮正宗・創価学会が「同じ穴の狢」である明確な証拠と言えよう。


それにしても1990(平成2)年12月の池田大作総講頭罷免以来の「宗創戦争」で、この「賞大法護持広布並世界平和貢献之功」との脇書が入った賞与本尊は、どうなったのだろうか


コメント(12件)

[1]2016年11月22日 19:35


池田犬作が創価学会の会長と日蓮正宗法華講総講頭を辞任したのは、当時の法華講連合会から「総講頭辞任勧告決議」が出ることがわかったからでした。

当時、すでに池田犬作は宗門に対してきわめて大きな不審を抱いており、それが宗門軽視の発言になりました。

それを戸田城聖門下の大幹部が止める間もなく、池田犬作の茶坊主だった元法華講の福島源次郎副会長や顧問弁護士の山崎正友たちが「池田礼賛」「宗門批判」に動いたわけです。

結果として日蓮正宗法主の日達上人が腹をくくり、いよいよとなったら創価学会と別れると言い出し、それを池田犬作に密告したのが当時の阿部信雄氏、つまり日顕御隠尊でした。

それに驚いたほとんどの学会大幹部が池田犬作の辞任に賛成したのです。

それによって宗門とのパイプもあった北條浩氏が第4代会長になりました。

辞任当初はおとなしくすると言っていた池田犬作でしたが、やることがないから会員を激励するという名目で全国を回り、地方の幹部たちを丸め込んだわけです。

そうこうするうちに、北條氏が突然の死去、秋谷栄之助さんが第5代会長になりましたが、池田犬作は全国行脚の際に覚知の寺院にも顏を出し、多額のご供養で僧侶たちを懐柔したのです。


北條・秋谷時代になって、学会はそれまでの強引な折伏や無理な登山、そして無理な「ご供養」にストップをかけました。


それは、「ご授戒」などの減少とともに寺院と宗門の収入減となりました。

そこで日顕御隠尊が考えたのが、池田犬作の総講頭復活だったわけです。

池田犬作は、総講頭に復帰すると、日顕派の僧侶に対して手厚くご供養などし、日達上人の弟子たちや早瀬日慈さんの弟子たちと差別しました。

それによって日顕上人に批判的だった日達さんや早瀬さんの弟子たちも日顕側につくようになるわけです。

そういう露骨な池田・日顕二人三脚に異議を唱えたのが正信会の僧侶と檀徒、そして当時の法華講連合会でした。


法華講連合会の役員たちは日顕上人に対して抗議の役員総辞職をしましたが、これは日顕上人としては願ったり叶ったりで、役員を自分に近いものたちに入れ替えることができたわけです。

日顕上人としては正信会の僧俗を切っても学会の方がケタ違いに「ご供養」を見込めるわけですから、当然なんの迷いもなく正信会を破門したということです。




[2]2016年11月22日 22:50

シンガポール創価の英語名


Singapore SOKA Associationといいます。今までのSGI-Singaporeの名称を変更して、現在は、
Singapore SOKA Association、つまりSGIではなくSSAという名称


現在のSSAは1985年の「シンガポール・チャリティー法案」により認可された慈善団体となってます。


charitable purposes means purposes which are exclusively charitable according to the law of Singapore;
【チャリティーの目的】の意味は、シンガポールの国法に準ずるものである。

“charity” means any institution, corporate or not, which is established for charitable purposes and is subject to the control of the High Court in exercise of the Court’s jurisdiction with respect to charities;」
チャリティーの意味は、いかなる機関、法人、もしくはそれ以外の組織に於いて、慈善事業以外のことをしてはならない。このことは最高裁判所が決めた(established)事項である。そして最高裁判所がこれをコントロールする。

http://statutes.agc.gov.sg/aol/search/display/view.w3p;page=0;query=DocId%3A60ae56e8-9a80-42b4-ab39-52aaba2ec579%20%20Status%3Ainforce%20Depth%3A0;rec=0

シンガポールの創価学会と日蓮正宗は【宗教活動が出来ない状態】


もちろん表は「日蓮仏教の布教・・・」云々を挙げているがね、実際にやっていることといえば、大学への諸援助、幼稚園経営、各コミュニティーへの参加…ぐらいです。



日蓮正宗も、シンガポールでは宗教法人認可を受けているわけではなく現在の名称は


「日蓮正宗仏教会」
Nichiren Shoshu Buddhist Association

つまり SOKA Association となんら変わっていないのです。


シンガポールでの仏教とは「上座仏教(小乗教)」であり
宗教法人として認可を受けるには規定に沿わなければならないようです。


(参考リンク:シンガポールの宗教)
http://courses.nus.edu.sg/course/clsot/teaching/2005-6_sem1_laj2203/student_files/project/group_g_ANG_WEE_HOON.htm

シンガポールの日蓮正宗寺院は、法律的には「開妙院」という名の「事務所」
であって、寺院ではない。だから、建物には「日蓮正宗仏教会」という大きな看板が掲げてある。もし、その事務所を「寺院」だと公言すれば、それは違法です


つまり立場上は寺院を持たない「Association」という位置づけは創価学会と同じなのです。


シンガポールで、「地涌倍増法華講員大会」が開催
それは外部の会場を借りて、日蓮正宗に関しての展示なども併設された
いわばイベントとして行われたものです。
そのイベントの目玉として、「板曼荼羅の入仏式」をついでに行ったのです。

(参照リンク:Start of a new journey / 広布山開妙院 )
http://magical08.blogspot.jp/2008/03/blog-post.html




[3]2016年11月30日 02:38
>>[2]

日蓮大聖人の鎌倉時代は、そんなのより、ずっと厳しかったよ。

念仏 真言 禅宗 律宗は国が定めた宗教だったから、

南無妙法蓮華経何て最初は誰も受け入れられない信じない

説法しても石を投げられヤジが飛ぶ

南無妙法蓮華経が一番正しくて他は間違いだから
無間地獄に堕ちる何て言ったら、日蓮門下は命に及んだ
(今の時代は念仏 真言 禅宗は形骸化されて葬式仏教になっている)

曲がりなりにも創価学会が日蓮大聖人仏法を流布するようになって海外にも布教された

学会の組織はズレまくって遂に破門にされ
、ふりだしに戻ったようだけど、まだ足場は固まっている

何であれ始まりは、そんなもんでないの?結婚生活でも最初は小さなアパートから始めて、少し給料が上がって広いアパートに引っ越して子供が出来たからもう少し広いマンションに引っ越し生活も安定して2人目の子供が生まれたから一軒家を買おうと
[4]2016年11月30日 13:37
そうですね、何が問題なの?
むしろ、法律違反してまで寺院を名乗る方が問題では?
それに、日蓮大聖人の教えを広めることが大前提であり寺院を増やすことはそのための手段でしかありません。
また、ちゃんとした宗教法人として活動できないから、イベント的なものしか開催できないからと言って正しい教えを広めない方がよほど無慈悲です。

日蓮正宗が正しいか創価学会が正しいかの判断は日蓮大聖人の教義に則った教えを広めているかどうかですよ。
もし、法律違反をしているとか道徳的に問題あるとかの布教をお互いしているならば同じ穴のムジナと罵るのもいいでしょう。
しかし、日有上人の化義抄にもあるように謗法を犯さないならば、土地土地の風習を取り入れても良いとあるように、謗法でなければその土地土地の布教の仕方で布教するのには問題ないのでは?

ということで、この点だけで言えば創価も問題ないと思います。
シンガポールの慈善事業の定義がどこまで細かく設定されているか分かりませんが、日本語の慈善事業という言葉の意味には宗教活動も包括されます。
もし、シンガポールがそれは違法だというのであれば、慈善活動に宗教要素は入れていけないとうたっているならすでに取り締まりで罰せられてるでしょう。

なのであなたの同じ穴のムジナな論は今回の内容では当てはまらないですね!
[5]2016年12月01日 09:19

http://virates.com/society/22179976

ぼくの願いは、御本尊様になることです。なぜかというと、ぼくのパパとママは御本尊様が大好きだから。
パパとママは組織(日蓮正宗又は創価学会)だけを気にして、ぼくのことを忘れることがあります。
パパが仕事が終わって疲れて帰って来たとき、ぼくとではなく、御本尊様と時間を過ごします。

パパとママが仕事をしているときに組織仲間(学会員又は法華講員)からスマホが鳴り出したら、1回鳴っただけですぐに電話に出ます。ぼくが泣いているときは、そんな風にしてくれないのに・・・。
スマホで宗教仲間と会話しているとき、ぼくが伝えたいことがあったとしても、話を聞いてくれません。
だから、ぼくの願いは御本尊様になることです。」

矢印(上)矢印(上)

スマホ⇒宗教活動・に置換して考えてみて下さい。

(2世3世の心の叫び!)


ぼくの願いはスマートフォンになることです。なぜかというと、ぼくのパパとママはスマートフォンが大好きだから。

パパとママはスマートフォンだけを気にして、ぼくのことを忘れることがあります。

パパが仕事が終わって疲れて帰って来たとき、ぼくとではなく、スマートフォンと時間を過ごします。パパとママが仕事をしているときにスマートフォンが鳴り出したら、1回鳴っただけですぐに電話に出ます。ぼくが泣いているときは、そんな風にしてくれないのに・・・。

パパとママは、ぼくとではなく、スマートフォンを使ってゲームで遊んでいます。スマートフォンで誰かと会話しているとき、ぼくが伝えたいことがあったとしても、話を聞いてくれません。

だから、ぼくの願いはスマートフォンになることです。

http://virates.com/society/22179976

[6]2016年12月01日 19:11

創価学会が日蓮正宗に属し、日蓮正宗から下付された御本尊を拝んでいる時代、信者からの功徳体験があまりにも多すぎて、聖教新聞紙面で全部紹介しきれなかったと聞きます。

つまり、日蓮正宗の御本尊には何らかの作用、功徳と申しましょうか、が厳然と存在し、日蓮大聖人の南無妙法蓮華経のお力の尊さを多数の信者が実感しました。

沢地和夫・連続強盗殺人事件

元警視庁警官の身でありながら二人の資産家を殺害、金品を強奪していた沢地和夫も熱心な信者。沢地は殺人を犯していた最中の昭和五十八年十一月、 千葉県船橋市の支部総会で「入信したお陰で借金を返せた」と体験発表、場内を沸かせたが、実は、強盗殺人を犯して得た金を功徳と語っていたのです。

吉展ちゃん誘拐事件

犯人の小原保は熱心な信者でした。その小原保は 展ちゃんを誘拐し、殺害して金を手に入れた直後に活動で知り合った信者仲間の愛人宅で、奪った金を仏壇に供え、二人して“功徳により大金を手に入れることができたこと”への感謝の唱題をしていた。

昭和38年、東京都世田谷区で建設業を営んでいた〇〇さんの長男・吉展ちゃんが誘拐され、犯人は両親に身代金50万円を要求した。
両親が要求通りに50万円を支払ったにも拘わらず、吉展ちゃんは死体で発見された。犯人の小原保が逮捕され、裁判の結果死刑を宣告され、執行された。


日蓮正宗の信仰には、なぜ利益があるのか

功徳とは自ら積むものであり、
利益とは他から与えられるものという違いはあるが、
仏道修行による得益の相からいえば、
その意義は同一である」

したがって、
普通は利益のことを功徳といってもさしつかえありません。

妙楽大師の『弘決』に、
「縦使(たとい)、
発心真実(ほっしんしんじつ)ならざる者も、
正境に縁すれば功徳猶(なお)多し」

日蓮大聖人が顕された一閻浮提総与の大御本尊には、
仏様が一切衆生を救う仏力と、
あらゆる災いを除いて人々を幸福に導く法力が厳然と納められておりますので、
これに縁する者は大きな功徳を積むことができるのです。


法華経の行者・日蓮大聖人の当体である御本尊を信仰し供養する者の功徳は、
仏典に説き示されている生身の仏を長い間供養するよりも百千万億倍勝れ、
その無量の智慧と福徳は仏の十号にも勝ると説かれています。

したがって仏力・法力の功徳は、
他から安易に与えられるものではなく、
御本尊に対する信力・行力を磨くことによって、初めて積むことができるのです。
[7]2016年12月01日 19:13

みき


唯一正しい宗教なのに人が少ない


家庭を守れない人達が

創価学会を救うとか人類救済 世界平和とか おかしい


龍神ぴろし

人が少ないのは法華経は難解なので誤解が生じ易いのです。


みき

法華講員や学会員は理解しとるん


馬鹿ばっかりやのに(笑)




[8]2016年12月01日 22:38


法華講員

今、
世の中をみると、
地震や台風などの大規模な災害、
連続通り魔や無差別殺人などの凶悪犯罪、無差別テロや戦争など、
日本だけでなく、
世界中で心が痛すぎる出来事がたくさんあります。

これらは、
日蓮正宗以外の他宗派へのお寺への参詣、神社への参詣、
占いや水子などを売りにした新興宗教など、
日蓮大聖人様の仏法に背いた宗教(間違った宗教)が根本的な原因です。


バカ撲滅作戦隊長

天変地異には自然のメカニズムによる科学的根拠があり、テロリズムには歴史的な背景、犯罪には医学、犯罪心理学などの根拠がある訳ですが、君の話を客観的に裏付ける根拠はありますか?例えば自然災害でお亡くなりになられた方々の御遺族の前で「この人が災害でお亡くなりになられたのは邪教のせいです。」って言えますか?テロリストに殺害された方々の御遺族の前でも言えますか?
そんなバカな理屈を唱えたところで間違いなく半殺しにされますよ。
もう少しものを考える頭をお持ちになったらいかがですか?


[9]2016年12月02日 13:41
まあ、反論しても意味ないとは思いますが一応

顕正会では有りませんから罰論を表にして未信入者に話す人は法華講ではほぼいません。もちろん0ではありませんし、中には顕正会さながらの罰論をかざす人もいますが極々一部です言われるもなく考えて話してますね。

もちろん、御指南や御指導はそういう邪宗が栄えれば世の中おかしくなるとは言います。
しかし、その御指南御指導をそのまま信者でない人に話したってしょうがないことは
分かってます。まあ、もちろん聞いてきた場合は日蓮大聖人の教えとして説くことはありますけどね。

自然災害の件は科学は万能ではありませんね。
現時点で分かっている科学は極々一部です。
現に植物が人間の感情に左右されて成長するというバクスター論は有名です。

また、数年前に雪の結晶が人間の感情によって変化するとの発表があり賛否両論が話題になりました。

これだって一昔前なら非科学的なこととして中傷される話です。
それを考えると悪い思想により自然が変わることはないと言い切れないですね。
そして、バクスター効果が認められたのも実験データからですが、我々も明らかに自然が変わったという現証を見てますから信じるのです。
[10]2016年12月02日 16:26

「功徳とは六根清浄)の果報〈中略〉悪を滅するを功と云ひ、
善を生ずるを徳と云ふなり。
功徳とは即身成仏なり」
(御義口伝・御書1775ページ)

六根とは、
眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根の、
生命の識別作用の器官をいい、それが清浄になることは、
六根に具わる煩悩のけがれが払い落とされて清らかになり、
ものごとを正しく判断できる英知が生まれることなのです。

したがって正しい御本尊を信ずるとき、
煩悩はそのまま仏果を証得する智慧となり、
生命に内在する仏性はいきいきと発動し、
迷いの人生は希望に満ちた楽しい人生に転換されていくのです。

これを即身成仏の境界というのです。

正しい信仰を知らない人は、
この六根が無明の煩悩におおわれて、
人生に対する判断に迷い、
取り返しのつかない過ちを犯すことが多いのです。

ーーーー

路上で女性に抱きつき、けがを負わせたとして、静岡県警沼津署は8月23日、強制わいせつ致傷の疑いで北海道留萌市住之江町の日蓮正宗僧侶、西村正雅容疑者を逮捕した。

西村正雅が9月27日、静岡県警・沼津警察署に再逮捕された。

西村は8月23日午前6時半ごろから午後4時半ごろまでの間、静岡県三島市内のアパートや一般住宅の軒先で下着十三枚(11000円相当)を盗んだ疑い。


[11]2016年12月02日 20:12

洗脳法華講員 女性

あなたが心の底から好きな男性ができても
その男性が不治の病に倒れ、或いはお子さんが交通事故などになってもあなたは救う事は出来ず
また何かにつけて怨み、人生なんてそんなものよ!と宣うでしょうね

何故なら魔に負けてるからですよ


それで自己満足するならするでそれもあなたの人生ですが同じ女としてつまらない人生だと思うわ
余計なお世話かも知れませんけど

私は悩みが出てきたり苛めで高校に行けないようにされても今は充実感があり、幸せですよ
私を傷付け苛めた奴等は皆、路頭に迷ってます


信心をやめてしまった方々も不幸になってしまい
それを目の当たりに見てるからね

真言宗の宿業がキツイ人は他人の忠告を聞かない慢心が多いらしいです

真言亡国の宿業


怖いですね


後悔しますよ!!


あなたおかしいわよ!

ーーーーーーーーーー


〇〇〇さん


私はこの法華講員が押し付けしてくるのが嫌でしたし、お寺に行かなくなったし、宗教は違うと発言し、私にも私の人生があるからと日蓮正宗を正しいと発言してくるのを、拒みました



魔におかされてる…


あなたには、大切な人を守れない…


私は守りたくて生きてるんじゃないです


今まで、色んな法華講員と関わってきましたが、やはり同じで、余計なお節介や、日蓮正宗だけは正しい…ばかり



他を受け入れることができない人生なんておかしいでしょ?


しかも、自分を苛めてきた人間は不幸になり…と相手は書いてきましたが、その人間すらも見捨てた…冷たい人間ということになり、



〈日蓮さんの教えって、苛めてきた悪い人間は、見捨てなさい〉ですか?


日蓮正宗って、慈愛の心で誰でも幸せになれるように祈ったり、助ける心を養うんじゃないですか?



これじゃあ、悪い人間性丸出しで、結局は余計なお節介しに来ただけですね


日蓮正宗の修行をしてるなら、こんなやりとりしたら、日蓮正宗の評判をさらに下げますね



まずは人間としてどうよ?


断ったら逆ギレ!


批判したら、私の人生はつまらないものだ!



しかも頭がおかしいと言うし、どっちがおかしいと思います?


かなり一方的ですよね?

ーーーーーーーーー


イジメた人が業を背負うとか、頭おかしいんじゃないですか。

仏教では業因業果を説いています。
自身の悪業、善業の報いとして果報があらわれるわけです。

「私をイジメた人は業を背負う」

矢印(上)矢印(上)矢印(上)

これは正法を受持するものを誹謗した罪によって悪業を積むからその業が結果として悪い形であらわれることを言っているのだろうと思います。
しかし、これを罰と言うのは違う気がします


「私の宿業を背負う」「業をとってくれてる」

これは日蓮義にありません。
因果の理法と業は密接な関係があります。
要は自分がしたことは自分に返ってくるのであって他者は関係ないということです。
過去世で正法や受持者をイジメた悪業の因縁によって、自分がイジメられたのです。
当然因縁によって、イジメられることで悪業の因縁を消化していくわけですが、イジメをする人は新たに悪業を重ねることになります。

この業因業果の話をわかりやすく伝えるための方便を真実としてしまったのが、洗脳法華講員です。
イジメられた→業果→罪障消滅
イジメた→業因→罪障を積む


自分が悪いという罪の意識を持たないようにするために他者にすべての責任を押し付けるような説明であると思います。

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法華講員A

そんな珍説は平成3年までの学会や平成11年に御勧誡をいただいてからも聞いたことがないです。

ただ、私だって「日蓮正宗教義」を正確に理解している訳ではありません。

異流義団体の習気から抜け出すのは、確かに容易なことではありません。

が、「異流義団体(出身者)の言うことは全て嘘・デタラメ」といったん白紙に戻して、大聖人様の御指南・御歴代猊下様の御指南・御住職(御主管)様の御指導をもとに0(ゼロ)から再構成していかないといけないのです。

それを怠った結果が、洗脳法華講員なのでしょうね、おそらく


仏教に罰が当たるなどと言った概念は存在しません。

罰とか罪とか(^^;)
菩薩の眷属の言葉ではないです。
誹謗されたと思うならそれは自身の過去世の悪業の因縁によって誹謗されたわけで自分自身が悪いだけ。

菩薩は人の業をあえて背負って世に出られることはありますが、人に押し付けることは絶対にしません


[12]2016年12月02日 20:14

龍神ぴろし
矢印(下)

「法華経の行者を悪口し、及び杖を以て打擲せるもの、
其の後に懺悔(ざんげ)せりといえども、罪いまだ滅せずして、
千劫阿鼻地獄に堕ちたりと見えぬ。
懺悔せる謗法の罪すら五逆罪に千倍せり。」

矢印(上)矢印(上)矢印(上)矢印(上)


本来的な法華経の行者は、当然のことながら、法華経を体得していなければなりません。

法華経の主題を把握してこそ、法華経の行者です。

法華経の主題は、自身の中にある仏を開くことであり、常に仏が存在するということですから、仏がどっかに行ってしまい、地獄を開いて、常に地獄状態では、法華経の行者とはいえません。

法華経を読誦し、法華経の行者であったとしても、誹謗・中傷する人の言葉や態度、言動に腹を立て、瞋りの念を持ち、冷静な状態を保てず、振り回されている状態に陥ってしまうならば、それはまさしく地獄界の境涯です。

この場合、その身そのままで仏ではなく、その身そのままで地獄ということになってしまいますね。

このような人の境涯は、誹謗・中傷する人間の境涯と同じです。

自分は法華経を読誦し、法華経の行者であると思っていても、法華経の主題を体現し、自分の生命の中から仏を湧現させ、常に仏の状態を目指していないならば、法華経の行者でないわけです。


法華経の行者でない状態で誹謗・中傷をされている場合、それは、法華経の故の誹謗・中傷ではなく、ただ単に、誹謗・中傷する人に絡まれているだけですね。

また、自分自身の常日頃からの行いが悪いため、その悪さに対してクレームが来ているだけともいえるでしょう。

なんでもかんでも法華経の故とごまかすのではなく、自分自身の至らぬ点は至らぬ点として確認しておかなければなりません。

自分は法華経の行者であるから、法華経の行者を誹謗・中傷する人間は地獄行きだ、と簡単に考えては足をすくわれます。瞋りの感情が出てきてしまうならば、自分も一緒に地獄行きですよ



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