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藍太郎 FuN ClUb。コミュの〜短編集〜

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 色の無い花火

花火、花火。
笑っちゃうわ。
何の為に、時間かけてさ、危ない免許まで取ってさ。
こんな一瞬の花の為に、種作るのよ?

あたしは、まだ上がらない花火に向かって、心の中で悪態をついた。
西の空はやっと暗くなった頃。
橋の向こうには、まだあの花は咲かない。
花火など。
土手には、チラホラと、場所取りや気の早いカップルの姿がチラついている。
全く、そんな所からじゃ花火は見えやしないわよ。
ここが穴場なの。
誰も知らないでしょうけどね。

大川に架かる大橋の縁の上に座って、あたしは独りで、蟻の様な人の群を見下ろしていた。
この季節にしては涼しい夕方の風が吹き抜ける。
肌寒いぐらいが丁度いい。

花火など。
あたしは悪態の続きを、また心の中で吐き始めた。
誰と見たって同じじゃないか。
何を気合入れてカップルで見たりするんだ。
どうせ、花火が弾ける瞬間見て思う事はバラバラ。
手を繋いでたって、人生が繋がる訳じゃない。
今まで積み重ねてきた時間など、お互いに知りもしない。
昔の恋人の事を、火花の中に見てたって、気付きやしない。
今、この一瞬に散ってしまう物に未来など描き出せる訳が無い。

夜風に逆らって、子供のはしゃぎ声が飛んできた。
思考を邪魔されたあたしは、苛立って、土手を見た。
走り回る兄妹を、母親らしき人が追いかけている。
溜め息が出てきた。

ただ楽しいだけなら、記憶に焼き付けておくのも良いわよ。

子供が、転んで泣き出した。
慌てて両親らしき人達が駆け寄る。

泣いとけよ。

あたしはまた、その光景から目を逸らして、暗い西の空を見た。

泣ける内に泣けばいいわ。
それも、いい思い出になる日が来るかも知れない。
来ないかも知れない。
でも、泣いとけば良いわ。
そばに、あやしてくれる人が居る内に、泣くのを許してくれる人が居る内に、その人の手が離れない内に。
あんたも一人で歩かなきゃいけない時が来るんだからさ。
花火なんて、もうその人と来年も見られる保障なんて無いんだからさ。
泣いても笑っても、あんたも花火も、一瞬だけなのよ、その瞬間を過ごせるのはね。

ふと、腕時計に目をやる。
7時半。
そろそろなのにね。花火。風で中止かな。
あたしは、別段、残念とも思わずに、ぼーっと西の空を見た。
中止なら中止で良い。

土手を見ると、誰も帰らずに粘っている。
しかも、さっきより人が出て来ている。
人の期待感って凄いわね。
あたしは、嘲笑する様に、その光景を、遠い所から傍観した。
花火なんて。

何故、見たいのだろう?

上がるかどうかも分からない。

あんな一瞬の花…いや、爆発物が散る瞬間の為に、何故、人はこんなにも真剣なのだろう。
何を想うんだろう。
何故、涙まで流したりするんだろう。
火薬玉が、極彩色の火花を散らして、凄い爆音と共に、空中爆発する。
それが、そんなにも感動的なのか。
花火…花火など。

7時45分。
まだ、土手の人達は動かなかった。
あたしは、その光景を見ていた。
花火など、待っていなかった。
花火など。

小さい頃、家の人達と共に、よくこの川に来た。あの土手辺りで見ても、向こう側の鉄橋が邪魔してよく見えないから、この橋の上で見ると良いんだ。
花火とは、小さかったあたしにとって、それは大きく、綺麗で、毎年、夏が待ち遠しくてたまらなかった。
一緒に来る人は、年を重ねる毎に変わっていった。
いつしか、家族とは来なくなった。
友達とはしゃぎながら見たり。
付き合ってる人と、二人で見たり。
その度に、花火の中に見えるものも、一緒に変わっていった。
あれは、何だろう?
走馬灯の様なもん?
楽しいとか、綺麗、ばかりじゃなくなっていった。
いつしか、あたしは誰の手も離れて、一人で花火を見る様になっていた。

誰と見たって同じよ。

あたしは、自分の左手で、自分の右手をギュッと掴んで擦り合わせた。
夜風が、寒さを増してきた。
もう、帰ろうかな。
あたしは、傍に止めている自転車に目をやった。

花火なんか、また来年もあるじゃない。
延期になれば来週かも知れないわ。
でも、また来年ここに来る保障なんてあるかな。

あたしは、もう一度、西の空を見た。

また、来年来ような、と言った男は、今年はきっと別の女と一緒に、何処かの花火を見るだろう。
大人になっても来ようね、と言ったあの人の、思い出の中の温かい手は、大人になるのを待たずに、皺くちゃで冷たくなっていた。
あの時好きだった浴衣も帯も、もう何処にやったか分からない。
屋台でお土産を買って帰る人も居ない。

あたしも花火も、一瞬なのよ。この一瞬に存在出来ても、次の一瞬は分からないわ。

一緒に来たい人が、居ない訳ではない。
ただ、その人は、遠過ぎるのだ。
あの時の友達とは、離れ離れだし。もう暫らく連絡も取っていない。
久々に、淡く心を震わせた人も、もう直ぐ、自分の先に伸びる道を辿り、遠くに行ってしまうらしい。
伝えられる事より、伝えられない事が多過ぎる。
寒いのは、夜風のせいだろうか。

何の為に次の約束なんてするの?
同じ花火は二度と咲かない、だからあたしだって繰り返せる事なんて一個もないわ。
花火など。
花火なんて。
上がらなくたっていいわ。

ぐるぐる回る思考を断ち切る様に、あたしは高い端の縁から降りようと、体の向きを変えた。



バ―――――ン!



背後で、パッと光が散ったかと想うと、大きな爆発音がした。
あたしは、慌てて振り向いた。
土手の方から、歓声が上がる。
花火大会が、今年も始まったのだ。

あたしは、心の中でさえ何も言えずに、一瞬立ち尽くした。
そして、直ぐに西の空を見上げ、縁から身を乗り出した。

閃光、爆音。
       閃光、爆音。
 閃光、爆音。

千輪菊が夜空に咲き乱れる。
極彩色の火花が飛び散り、風に乗って火薬の匂いが充満する。
花火。
今年も、一瞬しか咲かない花達が、夜空に咲き乱れる。

いや、あたしの心の中。

あたしは、花火の咲く場所をちゃんと知っている。
だから、毎年、ちゃんと待っている。
今年、この夜を待っている。
来年を待っている。
この音を聞く為、この色を見る為、この一瞬の為に、前の一瞬を生きている。
花火の中に流れる、あの人の声を聞く為。
花火の中に映し出される、あの光景を見る為。
花火は走馬灯の様なもんだ。
すっかり掠れてしまって、記憶の中では色の無い花火も、この夜に蘇る。
あの皺皺の手の温もりと共に。
火花の熱は、あの時の、淡い恋心と共に。
群集からの歓声は、あの友達とのはしゃぎ声と共に。
確かにあった、あの一瞬を、あたしはここに確かめに来る。
今は、隣に誰かが居なくても良い。
あの一瞬が、ちゃんと、時間として存在していた事、あたしが、その一瞬の中に存在していた事。

花火が証明してくれるのだ。
花火が、今この一瞬を保障してくれる。

静と、動が、表裏一体に存在する、この瞬間。

派手な色を散らして、夜空に咲く大輪の花の裏側には、切なくて儚い一瞬がある。
あたしが幾ら天邪鬼な悪態をついたって、心は裏返し。
本当は、花火が好きでたまらない。
あの日が愛しくて、会わずにいられないから、会いに来る。
だから、涙が流れる理由も、知っている。

橋の縁に落ちた涙の中に、小さな花火が映って、消えた。

突然、携帯が鳴った。
いつもは、邪魔臭くて電源を切っている筈なので、ポケットの中でピカピカ光っているそいつに吃驚して、あたしは慌てた。
開いて、メールの着信に気付く。

土手で見てるんだけど、一緒に見ない?!

久々のメール。
馬鹿だね。
そこからじゃ、鉄橋が邪魔で、よく見えないんだよ。
馬鹿らしくて口の端で笑いながら、あたしは返信した。

近くに居るから行ってもいいよ。

閃光と爆発音を横目に、あたしは自転車で橋を反対側に向かって下った。
放しっぱなしのブレーキとペダルが、夜風を切る。
来年は、花火が見られるかどうか分からない。
そんな保証は何処にもない。
だから、今、この瞬間を保障してくれる花火を見る。
そして、心の中に焼き付けておく。

誰と見てるか、何を想ってるか、何色をしてるか、分からないけれど、

きっと、今のこの一瞬が、あの花の中に蘇るなら、凄く鮮やかだろう。

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