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黄金期プロレス研究家 流智美コミュの『大山倍達正伝』より大山倍達対タム・ライス検証

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以前から手元にはあったものの、そのブ厚さからそのままになっていた『大山倍達正伝』をようやく読み始めた。第一部は大山倍達極真会館総裁(以下大山総裁)の出生や行動について。そして第二部は『空手バカ一代』を初めとするさまざまな『大山伝説』の検証からなる二部構成となっている。当然ながら第一部から読み始めるべきだが、プロレスファンの悲しいサガで、どうしてもガマンができずに第二部から読み始めてしまった。

さてプロレスファンとして大山総裁の遺した数々の伝説で最も関心があるのは、やはりアメリカ遠征での他流試合についてだろう。『空手バカ一代』や『男の星座』でも取り上げられる、"力道山を敗った男"タム・ライスや"地下プロレスの帝王"ディック・リールとの対戦はあったのか?あったとするならばその詳細は?などなどいくらでも疑問は沸いてくる。
今回はタム・ライスとの対戦についてを取り上げ、自分なりの考察も交えて書いてみたい。ちなみに自分は『空手バカ一代』に「この話は全て真実であり、この男は存在する!」という言葉を100%信じていたので、ごく最近まで全く疑ってもいませんでした。

タム・ライスという名前が日本のファンの間で知られているのは、力道山がアメリカ武者修行中に敗れた3人のうちの1人である事が最大の理由だろう。流さんが週刊プロレスの連載コラムで、タム・ライスとのインタビュー記事を掲載した事があるのだが、大山総裁との対戦が日本では伝説になっていると伝えたところ「君が何の事を言っているのか私にはわからないが、そんなリスクのある戦いを私がやる事はプロモーターが許さないだろう」と言い、他の選手と間違えたのでは?というサジェスチョンもなく、完全に否定していたのは有名な話だ。
これに更に追い討ちをかけたのが(記憶が前後しているかもだが)、紙プロ別冊の『大山倍達とは何か?』における遠藤幸吉インタビューで、「私は大山さんが試合をしているのを見た事はない。もちろん自分と別かれてからあったのかも知れないがね」というものであった。

この『正伝』では何故大山総裁がタム・ライスと戦ったという話になったのかが書かれているが、この遠藤インタビューを読んだ時点での自分は「梶原先生は力道山が負けたタム・ライスに勝った大山倍達、という3段論法を使いたかったのだな」と考えていた。しかし『正伝』によると力道山対タム・ライスを記事(マンガ?)としたのは梶原先生であったものの、タム・ライスという名前を出したのは、かつてのワールド・プロレスリングのTV解説者であり、現・東京スポーツ取締役の桜井康雄さんなのだそうだ。
桜井さんは梶原先生のプロレスネタの提供者であり、また記者として大山総裁にアメリカ遠征でのエピソードを取材した事もあったのだが、総裁自身はタム・ライスの名前は覚えておらず、「サンフランシスコでレッド・スコルピンとかいうレスラーと戦った」と話していたのだそうだ。ライスのニックネームが赤さそりだった事から、「それは力道山を敗ったタム・ライスですよ」と教えても「試合には勝ったけれど、それはプロレスだから」と話には乗ってこなかったのだとか。

この2つの証言のどちらも真実を語っているとして、まず考えられるのはタム・ライスではなくレッド・スコーピオンまたはスコルピンに近い名前の選手が他にいたのではないかという事だが、タム・ライスがサンフランシスコでレッド・スコーピオンとして戦っていた記録は残っているらしい。タム・ライスという名前を使っていたならば、日本名の田村に近いとか、米を意味するライスという名前なら覚えやすいだろうから、名前を忘れるような事はないだろう。逆に言えば同一人物であれば、その時はスコルピオンを名乗っていても、タム・ライスとして記憶していてもおかしくないような気もするが。タム・ライスの名前を出しても総裁は全く記憶になかったようだし。

ディック・リールの項で後述するが自分は総裁がプロレスをやっていたとしたら、グレート東郷の露払い的にジョブをしていたのではないかと推測しているので、タム・ライスと試合をしていたのなら(正伝では二流と書かれていたが)、勝ち逃げできるようなブックにはならないのではと思う。
自分がタム・ライスを二流ではないとする理由は、流さんのインタビューからの推測と、力道山が負けたライス以外の2選手がレオ・ノメリーニ(殿堂入りクラスのフットボールの選手で兼業レスラー)やフレッド・アトキンス(馬場さんのコーチとして有名な一流選手)だった事から、日系ファンを集めるためにもそう簡単には負けさせられない選手であった力道山を、反則負けながら勝たせてはいない事からだ。

『正伝』では各氏の見解等あるのだが、それは実際に読んでもらうとして、自分なりに考えた推論としては、大山総裁がサンフランシスコでワークをした事は間違いないものの、その相手はタム・ライスではなく、スコルピオンと名前を間違えて記憶していた全く別の選手か、レッド・スコルピオンを名乗る別のレスラーではないだろうか、というものだ。
また基本的にはテリトリーが継続して発展していく事を最重要視する興行システムである以上、敗戦国から来た黄色人種に勝ち逃げさせるような事はさせずに、観客が満足して帰れるような落としどころを作らなければいけないところから、大山総裁が負け役をやらされたのかもしれない。
だからこそ例え相手が「力道山を敗った選手だ」と言っても、プロレスの試合だからとあまり語りたがらなかったのでは?という事も、可能性としては否定できないだろう。これはサンフランシスコがもし日系のファンが多くつめかけるエリアで、東郷でさえもベビー扱いとなるようなら話は別だが。

・・・とまぁここまでつらつらと書いてきたが、『正伝』でも当たり前のように語られていたが、実のところ総裁がプロレスをやっていたという事自体実は考えていなかったので、結構ショックだったりするのですよ。やっていても演舞かシロウトやケンカを売ってきた同業者相手のガチ勝負だと決めつけてたもんで。
これらの決めつけをきれいさっぱりと捨て去り、これだけの労作を書き上げた著者のお2人には心から敬服します。読むのは一瞬だけれど、この1ページ、この1段落を書くためにどれだけの労力や時間が費やされたのかと思うと本当にため息が出る。

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