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日月神示 ひふみ神示 五十黙示録コミュのDNAから見た日本人

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コミュ内全体

*写真の図に色をつけたのはこちらのサイトの作者さんです。
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn4/004_08_1.mitochondria_karamita_sosennhtml.html

「日本人になった祖先たち -DNAから解明するその多元的構造-」を参考にしています。
http://mixi.jp/view_item.pl?id=748496&reviewer_id=4951744

ゴリラやチンパンジーとの共通祖先から人類の祖先が分かれたのは700万年前。
その最初の500万年で人類につながる化石が見つかるのはアフリカだけ。
200万年前以降、人類はアフリカを旅立ち、旧大陸の各地に先行人類が分布した。
しかしミトコンドリア・イヴ説によれば、先行人類は全て絶滅した。

ミトコンドリアDNAから見ると、
現生人類は全て20〜10万年前にアフリカで生まれ、
7〜6万年前にアフリカを出て全地球にひろがったもの。

サハラ以南のアフリカ人の間で最も変異が大きく、
ヨーロッパ人やアジア人はごく小さなグループにまとまる。
*肌の色にとらわれずに眺めると、黒人は巨人から小人までいる非常に多様な人々

アフリカでは約3000年ほど前、西アフリカにいたバンツー系の集団が
農耕と鉄を持ってサハラ以南のアフリカ全域に拡大した。(アトランティス=フェニキア系か。)

ネアンデルタール人は70〜50万年前に現生人類と分かれたもの。
中東では12〜4万年前、ネアンデルタール人と現生人類が交互に棲み分けていたようだ。
ネアンデルタール人は寒冷地、現生人類は熱帯地方に適応していた。
4万〜3万年前になると、ネアンデルタール人と現生人類はヨーロッパで共存していた。

ハプロ・グループMはアジアだけに、Nはアジアとヨーロッパにひろがった。

エチオピア〜アラビア半島〜南アジア〜4万年以上前にはオーストラリアというルートが想定されている。
スンダランドからサフールランドに渡った。
サフル人(アボリジニとニューギニアの高地の人々)、マレーシア先住民、アンダマン諸島の人々が
最初に出アフリカを果たしたMグループの人々の直系と考えられている。
この時期は氷河期の海水面が低下した時期なので、当時の海岸線は海底に没している。
オーストラリアのQはMから、ニューギニアとオーストラリアのPはNから派生している。

M2はドラヴィダ語族に多い。
母系のミトコンドリアDNAだけで見ると、
インドの人々の60%はMに属し、15%がN〜Rと派生したUに属する。
北方のスキタイの中でも、ヨーロッパ系の形態を持つ人骨からも東アジア系のDNAが検出されている。
(カザフスタンやアルタイ共和国での話。G,N9a,D,Fなど。M10は中妻と同じ配列だった)
Uは後からインドに入ったのではなく、出アフリカ直後に分岐して古くから存在している。
R7は分布の中心をインド東部に持ち、オーストロアジア集団の分布と重なる。
古くからインドにいると仮定しがちだが、考古学では稲作と共にインドに来たとされる。
Mは北方でなく南アジアを経由したグループ。

東アジアでは、
北でA,D,CZが多く、南でB,Fのハプロ・グループが多め。
BとFはインドでRから派生したと考えられる。
南北の差はミトコンドリアの発熱機能の違いかも知れず、必ずしも親類関係ではないかも知れない。

Fは日本、朝鮮、中国南部で5%程度だが、東南アジア各国では12〜35%を占め、ラオス辺りに多い。

Bはポリネシアで圧倒的に多いが、ポリネシアには6000年前と最近展開したらしい。PやQも多少連れて。
日本には比較的古い時代に来て北上し環太平洋ルートで南米に至ったと考えられている。
ちなみに、日本語の基盤となっている母音語はポリネシア系なので、
ネイティヴ日本人の主流だったのはハプロ・グループBかも知れない。
Nから派生しているのだから、おそらく血液型で言えばA型が多い。

M7aは日本、M7bは中国南部、M7cはフィリピンを中心に分布している。北にはほどんどいない。

沖縄ではM7aが24%という多さ。本土では約7%。日本と朝鮮半島以外にまず存在しない。
北へ行くほど減るが、北海道アイヌでは15.7%と、東北の6.8%を大きく上回る。
おそらくM7は東シナ海に沈んだ地域が起源地。
M7cは日本ではほとんど見られない。0.76%だが、浦和の縄文人骨、鎌倉の集団墓地から出ている。

M8a、C、ZはM8のサブ・グループ。M8aは中国北部に多く、朝鮮など周辺に少なく、
日本では朝鮮より多いので、直接中国から入ってきた可能性もある。

CはADと共にアメリカに進出しているが、朝鮮、中国北部、中央アジアで変異が大きい。
中央アジアの草原地帯に分布の起源があったと考えられ、日本は周辺の国ほど影響を受けていない。

M10はアジア全体で見ても少数派だが、チベットでは8%。
ただ変異の幅が広いのは中国で、モンゴル、ブリヤートにも見られるので
中国北部で生まれたのだろうと想定される。
中妻遺跡の縄文人骨はM10で、特に中でもバイカル湖周辺のブリヤートとDNA配列が一致していた。
母系集団だった事も分かっている。

Dは東アジアで最もポピュラーで、南のMから派生して拡大した。
D5の中心は中国南部だが、
D4は中国西部で比率が高く38%、アッサム、遼東で35%、日本32%、沖縄・朝鮮29%。

D1は東アジアの大多数の集団では見られずアメリカで見られる特殊なもの。


北の主要グループであるA、G、C、Zなどは3万年より新しい時代に成立している。
これは2万年前の氷河期再寒期以降、北グループに人口の再拡大が起こり新グループとなったためか。(ウラル=アルタイ語族すなわち悪神の血族B型か。)

Zはフィンランド先住民サアミの中にも見られ、極東から西まで分布しているのが分かる。(ウラル=アルタイ系の一派でフィン・ウゴール系を含むという事。)

Aは日本では7%だが北米・中米ネイティヴでは過半数を占めている。
Nから派生しているので、スキタイから派生したトゥングースの一派といった所か。
A4は東アジア全域に渡る。
A5は日本と朝鮮半島だけ。分岐の年代も7000±2800年と新しい。狩野養信はA5だった。

G1はアイヌ、日本、朝鮮に少数、G2は中央アジア中心で中国南部や東南アジアにはほぼいない。
Gの分岐は氷河期最寒期以降、北への再進出の際に誕生したと考えられている。
アメリカにはいないので、ACDがベーリング海峡を渡った頃はまだ存在してなかったと思われる。

N9は北方ルートで、Nから直接分岐している。NからR経由で分岐した南方のBやFと異なる。(スキタイから分岐したという事か。おそらくテュルク系、トゥングース系に多い。)
N9aの分布は広く、中国南部、台湾に比較的多い。

N9bは日本以外ではほとんど見られない。北へ行くほど比率が高くなっているが北海道アイヌで少し減る。
また、沖縄でも高率で見られる。朝鮮半島ではほとんど見られないが沿海州で見られる。
YはN9の分岐で、カムチャッカ、シベリアに限られる。日本ではアイヌに多く含まれる。
アイヌ文化に吸収されたオホーツク文化の人々がハプロ・グループYに属していた。
なお、北海道の縄文人骨からYは出ておらず、N9bが多い。関東の中期縄文人よりは沖縄が近いようだ。

現代日本人の中での比率は、D4が32.61%で、B4が8.99%、M7aが7.47%、N9bは2.13%に過ぎないけれども、一番多い集団が元からの日本人だと決め付けるのは余りにも早計。倭人はあくまでも中つ枝からの渡りて来た人々。そもそも、稲作を持ち込んだ集団の方が人口を増やしている可能性が高い事は、ちゃんと分かって書いているのだから、北方にこだわった結果の間違いですね。あくまでも南方ルートの方が主で、北方のN9bも本来はA型系のはず。

ひふみ神示 第二十四巻「黄金の巻」
第二帖 (五一三)
「日本が日本がと、まだ小さい島国日本に捉はれてゐるぞ。世界の日本と口で申してゐるが、生きかへるもの八分ぞ。八分の中の八分は又生きかへるぞ。生きかへっても日本に捉はれるぞ。おはりの仕組はみのおはり。骨なし日本を、まだ日本と思うて目さめん。九十九十(コトコト)と申してカラスになってゐるぞ。古いことばかり守ってゐるぞ。古いことが新しいことと思うてゐるなれど、新しいことが古いのであるぞ。取違ひいたすなよ。【神は生命ぞ】。秩序ぞ。秩序は法則ぞ。為せよ。行ぜよ。考えよ。考へたらよいのぢゃ。為すには先づ求めよ。神を求めよ。己に求めよ。求めて、理解した後 為せ。為して顧みよ。神のいのち其処に弥栄えるぞ。今迄の日本の宗教は日本だけの宗教、このたびは世界のもとの、三千世界の大道ぞ。教でないぞ。八分の二分はマコトの日本人ぢゃ。日本人とは世界の民のことぢゃ。一度日本すてよ。日本がつかめるぞ。日本つかむことは三千世界をつかむことぞ。悪の大将も、そのことよく知ってゐて、天地デングリ返るのぢゃ。物の食べ方に気つけよ。皆の者、物ばかり食べて御座るぞ。二分の人民、結構に生きて下されよ。喜び神ぞ。」

地球人ないし日本人の内の8分の2(25%)もしくは20%の人が真の日本人で80%が渡来人ないし侵略者。
ここでひとまず日本国内の事を考えると、20%の「少数派」(十分多いとは思いますが)が元からの日本人と見てもよいのではないかと。

甕棺墓や支石墓から出た「西北九州型弥生人」の人骨は、縄文人の形質。
D-ループ領域のDNA配列は異なる系統で一致する場合が知られているので使われなくなったが、
この方法で縄文形質と弥生形質の割合を見ると、沖縄6:2、本土10:5、朝鮮11:6、雲南・遼寧7:2。
むしろ倭人と呼ぶべきかも知れない。「弥生人」が倭人でないという事。
縄文時代から、中国南部に起源を持つ倭人がかなり多く日本列島にいたという事。
「渡来系弥生人」のハプロ・グループはDGが多い。他、A、B、N9a、Z、M8など。

ALDH2変異型遺伝子は中国南部から世界中に広がった。
日本は中国南部に次いで多い。
アナトリアに1.1%、中米に6.1%分布するが、アフリカ、オーストラリアにはいない。
国内でも地域差があり、変異型は近畿を中心とした中部に多い。
正常型は東北、九州南部、四国の太平洋側に多い。

◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎

まず、ミトコンドリアDNAハプロ・グループBを、最初の日本人(ポリネシア系)と仮定する。
次に、アーリア系のN9bが南から来て、北へ追いやられたと仮定する。
次に、東シナ海に沈んだ地域から来た琉球人が南から来たと仮定する。
ここまでが縄文系アイヌ。

次に、東南アジア系と倭系の混じった中期縄文人が来たと仮定する。この時、陸稲・焼畑農耕と共に、イザナギ・イザナミ神話が入って来たかも知れない。ドラヴィダ系の文法もここで入って来た可能性が高い。甕棺墓など弥生時代との過渡期に見られるものも、この系統かも知れない。

次に、ニギハヤヒ朝ヒノモトの天つ神、ニニギ朝ヤマトの天つ神が入って来たでしょう。ニニギ朝は長江から直接、朝鮮半島を通らずに来ているかも知れない。

次に、崇神朝ヤマトといった「渡来系弥生人」という騎馬民族との混血が入って来ているでしょう。「イリ王朝」です。そして、ニギハヤヒ朝ヒノモトと崇神朝ヤマトの混血(半神半人)の神武=応神天皇(八幡大菩薩)が「人皇」として即位し、初期の大和王朝がはじまる。

次に、百済の王族が渡来し、継体天皇と皇子たちを暗殺し、暗黒時代となった。
これは戦後、日本国憲法が成立するまで続いた。
現在は、岩戸が開いているのに光に背を向けている人間が多く、目覚めていない状態。まだ悪魔を神と信じている狂信的な右翼が多い。


ひふみ神示 第九巻「キの巻」
第十帖 (二六七)
「日本の国の乱れて来たのは来られんものを来らしたからぞ。三千年の昔に返すぞ、三万年の昔に返すぞ、三十万年の昔に返さなならんかも知れんぞ。」

五十黙示録 第二巻「碧玉の巻」
第十帖
「岩戸しめの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の命の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ、十の卵を八つ生んで二つ残して行かれたのであるぞ、十二の卵を十生んだことにもなるのであるぞ、五つの卵を四つ生んだとも言へるのであるぞ、総て神界のこと、霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、それでちゃんと道にはまってゐるのであるぞ。一ヒネリしてあるのぢゃ、天と地との間に大きレンズがあると思へば段々に判りてくるぞ。夫神、妻神、別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸がしめられたのである道理、判るであろうがな。その後、独り神となられた夫神が三神をはじめ、色々なものをお生みになったのであるが、それが一方的であることは申す迄もないことであろう、妻神も同様、黄泉大神となられて、黄泉国の総てを生み育て給ふたのであるぞ、この夫婦神が、時めぐり来て、千引の岩戸をひらかれて相抱き給う時節来たのであるぞ、うれしうれしの時代となって来たのであるぞ。同じ名の神が到るところに現はれて来るのざぞ、名は同じでも、はたらきは逆なのであるぞ、この二つがそろうて、三つとなるのぞ、三が道ぞと知らせてあろうがな。時来たりなば この千引の岩戸を倶にひらかんと申してあろうがな。

次の岩戸しめは天照大神の時ぞ、大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神、揃ふてお出まし近うなって来たぞ。

次の岩戸しめは素盞鳴命に総ての罪をきせてネの国に追ひやった時であるぞ、素盞鳴命は天下(あめがした)を治しめす御役(おんやく)の神であるぞ。天ヶ下(あめがした)は重きもののつもりて固まりたものであるからツミと見へるのであって、よろづの天の神々が積もる(と言ふ)ツミ(積)をよく理解せずして罪神と誤って了ったので、これが正しく岩戸しめであったぞ、命(みこと)をアラブル神なりと申して伝へてゐるなれど、アラブル神とは粗暴な神ではないぞ、あばれ廻り、こわし廻る神ではないぞ、アラフル(現生る)神であるぞ、天ヶ下、大国土を守り育て給う神であるぞ、取違ひしてゐて申しわけあるまいがな。このことよく理解出来ねば、今度の大峠は越せんぞ。絶対の御力を発揮し給ふ、ナギ、ナミ両神が、天ヶ下を治らす御役目を命じられてお生みなされた尊き御神であるぞ。素盞鳴の命にも二通りあるぞ、一神で生み給へる御神と、夫婦呼吸を合せて生み給へる御神と二通りあるぞ、間違へてはならんことぞ。

神武天皇の岩戸しめは、御自ら人皇を名乗り給ふより他に道なき迄の御働きをなされたからであるぞ。神の世から人の世への移り変りの事柄を、一応、岩戸にかくして神ヤマトイハレ彦命として、人皇として立たれたのであるから、大きな岩戸しめの一つであるぞ。

仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光がさしてゐたのであるなれど、仏教と共に仏魔わたり来て完全に岩戸がしめられて、クラヤミの世となったのであるぞ、その後はもう乱れほうだい、やりほうだいの世となったのであるぞ、これが五度目の大き岩戸しめであるぞ。」

ひふみ神示 第十五巻「一八(イハ)の巻」
第一帖 (三六六)
「一八(イハ)の巻 書き知らすぞ。一八は弥栄。
◎は○と・、
◎、@が神ざぞ。
@が神ざと申してあろう。
悪の守護となれば、悪よく見えるのざぞ。人民 悪いこと好きでするのでないぞ、知らず知らずに致してゐるのであるぞ。神にも見(み)のあやまり、聞きのあやまりあるのざぞ。元の神には無いなれど、下々の神にはあるのざぞ。それで見なほし、聞きなほしと申してあるのざぞ。元の神には見直し聞きなほしはないのざぞ、スサナルの大神様 鼻の神様 かぎ直しないぞ、かぎのあやまりはないのざぞ。人民でも、かぎの間違ひないのざぞ。鼻のあやまりないのざぞ。スサナルの大神様この世の大神様ぞと申してあらうがな。間違ひの神々様、この世の罪けがれを、この神様にきせて、無理やりに北に押込めなされたのざぞ。それでこの地の上を極悪神がわれの好き候(そうろう)に持ちあらしたのざ。それで人皇の世と曇りけがして、つくりかへ、仏の世となりて、さらにまぜこぜにしてしまふて、わからんことになりて、キリストの世にいたして、さらにさらにわからぬことにいたしてしもふて、悪の仕組通りにいたしてゐるのぢゃぞ、わかりたか。
釈迦もキリストも立派な神で御座るなれど、今の仏教やキリスト教は偽の仏教やキリスト教ざぞ。同じ神二つあると申してあらうがな。
・なくなってゐるのざぞ、・ない@ざぞ、@でないと、まことできんのざぞ、わかりたか。・なきもの悪ざぞ、・は霊ぞ、火ぞ、一(はじめ)ざぞ。くらがりの世となってゐるのも、・ないからざぞ。この道理わかるであらうがな。」
*@は絵文字の渦で、実際は「の」と同じ方向の巻き方をしています。
*◎は実際は○の中に・です。◎でも同じ意味になるようではありますが、一応。

五度目の岩戸閉めは百済仏教と共に仏魔(藤原氏など)が渡来した531年頃。
四度目の岩戸閉めは3世紀頃。三輪山の近くに前方後円墳が出来た頃。

他の3度は、外来の神話が流入した頃を示すのかも知れません。
イザナギの冥界降りはオルペウスの冥界降りと同じ系統の神話。
荒々しい弟が天界を乱すとかいうのは西遊記の孫悟空などと同じ系統。
天照大御神の岩戸隠れはデメテルの闇隠れと同じ系統。
スキタイ系騎馬民族やウラル=アルタイ系騎馬民族や倭人が、
それらの神話の伝来ルートと考えられます。

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