美味しんぼ鼻血描写は"福島の真実編"ではなく"福島の差別編"

どうなくす?部落差別 (プロブレムQ&A)
『どうなくす?部落差別 (プロブレムQ&A)』
塩見鮮一郎
緑風出版
1,836円(税込)
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「私が思うに、福島で鼻血が出たり、ひどい疲労感で苦しむ人が大勢いるのは、被ばくしたらかですよ」

 福島第一原子力発電所のある双葉町の前長である井戸川克隆さんの"この証言"から始まったマンガ『美味しんぼ 福島の真実編』最新話。本日(5月12日)発売の週刊ビックコミックスピリッツ24号に掲載され、早速、物議を醸しています。

 前号で、福島第一原発を訪れた主人公らが原因不明の鼻血を出し、また井戸川さんが「福島では同じ症状の人が大勢いますよ」と語っていましたが、最新号ではさらに踏み込み、その理由まで言及しております。つまり今号では、福島では多くの人が鼻血を出したり、ひどい疲労感で苦しむ人がいるが、その理由は「被ばく」だと、双葉町の前町長が明言しているのです。また、作中で井戸川さんは「私は前町長として双葉町の町民に福島県内には住むなと言っているんです」と話しています。「福島の真実編」と銘打って、この発言を掲載した意味はかなり大きいでしょう。

 尚、井戸川前町長は、原発事故後の対応を巡り福島県および双葉町議会と対立し、辞職。以降、政府や福島県への批判を繰り返す中、昨年7月に行われた参議院議員選挙に立候補し、選挙活動中に「震災の8日前に、地震津波があることを政府や東京電力、東北電力や日本原燃はわかっていたのに発表を止めた」などと発言しています。当然、選挙には落選しましたが、選挙活動中にこのような程度の低い"陰謀論"を公衆の面前で口にする人が、「福島の真実」を語っている人物といえるでしょうか。そうであると判断した側の見識を疑わざるを得ないでしょう。

 本作には井戸川さん以外にも、福島大学行政政策学科類准教授の荒木田岳さんも登場し、「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんて、できないと私は思います」などと発言。また、岐阜環境医学研究所所長の松井英介さんも本人役で登場し、大阪にある東日本大震災の瓦礫処理を行う焼却場付近の多くの住人に健康被害が出ていると説明する描写があります。

 このあたりについても、両人が「実態」「真実」をどれだけ正確に把握されているのかを、検証する必要があるかもしれません。もし多くの専門家、行政関係者がウソをついていて、彼らだけが「真実」を知っているというのであれば、是非、『美味しんぼ』の中で事実関係を明らかにしてもらえたらなと思います。

 本日、スピリッツ編集部は、公式サイト上に新たなコメントを掲載しております。鼻血や疲労感と放射線の影響については、「因果関係について断定するものではない」とした上で、「事故直後に盛んになされた低線量放射線の影響についての検証や、現地の様々な声を伝える機会が大きく減っている中、行政や報道のありかたについて、議論をいま一度深める一助になることを願って作者が採用したものであり、編集部もこれを重視して掲載させていただきました」 と説明しています。

 しかし、「議論を今一度深める一助になることを願って」という言葉と、実際に描写されている内容にはかなりの温度差があります。今回の作品を読む限り、「議論を深める一助」というより、ただ差別や誤解しか生まない可能性が高いのではないでしょうか。

 書籍『どうなくす? 部落差別』(緑風出版)は差別がなぜ生まれるのかを丁寧に解説した一冊。東日本大震災以降、福島から避難のため転校してきた子どもたちが小学校で「放射能がうつるから」と忌避され、避難住民がホテルや旅館の宿泊を断られたりすることがありました。もちろん、"放射能がうつる"ということは科学的にあり得ないので、明確な差別になります。

 そうした「差別」が徐々になくなりつつある中での、今回の『美味しんぼ』騒動。問題となったビッグコミックスピリッツの売り上げが気になるところです。仮に売れているなら、作者も出版社も「美味しい」のかもしれませんが、それで傷つく人が多くいるということはしっかり理解しておいた方がいいと思います。

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